logo After THE BARN #5 - From Silverboy to SCRATCH



親愛なるSCRATCHへ

「Rock & Roll Night」。この曲について何かを書くことは難しい。「SOMEDAY」について書く以上に難しいかもしれない。でも僕は書いてみたいと思う。何よりこれは僕が言い出したテーマなんだからね。

この曲について考えようとするとき、僕の頭にいつも思い浮かぶのはあの長く悲しげなピアノのアウトロのことだ。ドラマチックなサビの後に続く、まるで子守歌のような、あるいは鎮魂歌のようなあのメロディのことだ。

たどりつくといつもそこに横たわっている「川」。佐野元春がこの曲で何度も「たどりつきたい」と歌うのはその川の向こう側に他ならない。しかしそこにはいったい何があるというのだろう。この街の影に横たわるたったひとつの夢、すべてのギヴ&テークのゲームにさよならしてたどりつく場所、そこはいったいどこなのだろう。しかしそれがどこであれ、このとき佐野はその向こう側にたどりつくことができなかった。そして苦い思いを胸に、眠りにつかざるを得なかった。あのアウトロはそのために奏でられたのだ。

それから7年後、「約束の橋」で佐野は再び同じ「河」に行き当たる。そして佐野は「君のためなら 七色の橋を作り 河を渡ろう」と歌った。「今までの君は間違いじゃない」、そして「これからの君は間違いじゃない」とも。この曲は何年か後にテレビ・ドラマの主題歌になり、多くの人の耳に届いたはずだ。

だが、この曲は、その力強い歌詞とは裏腹に、決して佐野が橋を架け、川を渡ったことを意味していない。そこに示されるのは、橋を架けたい、川を渡りたいという意志であり、決意である。それは、SCRATCH、君の言葉を借りるなら、今夜こそたどりつきたいと歌った82年と変わることのない佐野の表現の「核心」だったのだと思う。このとき佐野は、やはり向こう側にたどり着くことができなかった。だからこそ佐野はそれ以降も歌い続けてきたのであり、それからさらに8年を経た今、「Rock and Roll Heart」で「この気持ちだけは変わらない」と歌うことができたのだ。


「川」の向こう側にあるもの、それを何と呼ぶかは人によって異なるだろう。僕にはまだそれにきちんとした名前を与えることができないけれど、仮にそれを「真実」と呼んでもさしつかえはないだろう。そしてそれを手にしようとする意志こそが、佐野の表現の「初期衝動」であり「受け継がれるべきもの」、キミの言葉を借りれば「核心」だということになるのかもしれない。

しかし、佐野は、あるいは僕たちはそれを手にすることができない。なぜなら僕たちは本質的に不完全で有限な存在に過ぎないからだ。「真実」は時折さまざまなものの形を借りて僕たちの前に一瞬だけその姿を見せるかもしれない。僕たちはその残像のようなものを目にし、その残像や記憶を頼りに生きて行こうとするだろう。そのありかを探し、確かなものを手にしたいと願うだろう。だがそれは所詮虚しい営為でしかあり得ない。本質的に不完全で有限な僕たちが確かな「真実」を手にできるということ、それはそもそも語義矛盾であり、もしそれが可能であると考えるのだとすれば、それは傲慢な錯覚に他ならないのだ。

佐野はもちろんそのことに自覚的だ。自覚的でありながら、それでも「真実」の残像に目を凝らしてそのありかを見定めようとする佐野の視線にこそ僕たちは信頼してきたのだ。「Rock & Roll Night」のアウトロは、そのような僕たちの宿命に対する子守歌であり鎮魂歌なのだ。

これがキミへの返事になるかどうか心許ないけども、「Rock & Roll Night」が今回のライブで演奏された意味は何となく分かってきたような気がする。次はツアー終盤に向かって演奏される「クラシックス」が増えていったという点についてキミの考えを聞かせて欲しい。

Silverboy



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