FRUITS
10枚目のオリジナル・アルバム。先行発売されたシングル「十代の潜水生活/経験の唄」「楽しい時」「ヤァ!ソウルボーイ」を収録。ザ・ハートランド解散後制作された最初のオリジナル・アルバムである。 プロデュースは前作に続き佐野元春と坂元達也が共同で行っている。セッションは小田原豊、窪田晴男、有賀啓雄らのスタジオミュージシャンとともに始められ、その後ブラスに東京スカパラダイスオーケストラからスカパラホーンズ、ギターに佐橋佳幸、ベースに井上富雄、アコーデオン他にKYONなどを迎えて徐々にインターナショナル・ホーボー・キング・バンド(IHKB、その後ホーボー・キング・バンドに改称)の布陣が整った。この他「水上バスに乗って」ではプレイグスが演奏を担当、「メリーゴーランド」「太陽だけが見えている」では、アルバム「VISITORS」でコーディネイターをつとめ「誰かが君のドアを叩いている」などのリミックスも手がけたヒロ・ホズミが作曲・編曲に名前を連ねている。共作とはいえ佐野元春本人以外が作詞・作曲にクレジットされたのはこれが初めてである。またアルバム「SOMEDAY」以来初めて本格的にストリングスを導入、ストリングスアレンジには大御所井上鑑を起用した。 本作は、アルバム「The Circle」で、自己の成長というテーマにイノセンスの円環という答えを出し、ツアーを経てハートランドを解散させた佐野が、2年半ぶりに発表したオリジナル・アルバムである。その間佐野がどのような形で活動を再開するのか期待と不安がないまぜになったまま待ち続けたリスナーにとって、しかし本作はおそらくは期待以上のインパクトを与える快作となったと言ってよいだろう。 活動再開の第1弾となるシングル「十代の潜水生活」は、軽快なロックンロールだった。それは、佐野がハートランドの解散を経て、決して自らの表現を老成させたりいたずらに難解な方向に進んだりするのではなく、ロックンロールあるいはポップミュージックというある意味で極めて保守的な枠組みの中で、いかにその初期衝動を失わずに表現を活性化し、更新し続けることができるかというテーマにかかわり続けるのだということを明確に印象づけた。そしてカップリングの「経験の唄」では、SEを多用し、静かで単純なメロディーの繰り返しの中からさまざまな情感を紡いでゆくという試みで、表現の幅の広がりや質の深化をかいま見せた。 その後痛快なセカンドラインにストリングスが絡む「楽しい時」、「ダウンタウン・ボーイ」や「Wild Hearts」の続編とも言える「ヤァ!ソウルボーイ」などのシングルを予告編としてリリースされた本作は、ラブ・バラードからロックンロール、ワルツ、ストリングスのインストルメンタルからポエトリーリーディングまで、「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」以来と思えるバラエティの広がりを見せ、そうした楽曲が、佐野の、現実と深くコミットしながらロックに立ち向かう決意という一点で止揚されている。 個人的には「SOMEDAY」「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」と並ぶ代表作になるのではないかと思っている。好きな曲は「ヤァ!ソウルボーイ」「十代の潜水生活」「経験の唄」「太陽だけが見えている」そして反則かもしれないが「霧の中のダライラマ」。 特にシングル「十代の潜水生活」を日本から送ってもらって初めて聴いたとき、そのあまりに身も蓋もないストレートさに僕は感動した。もともと僕は、佐野がハートランド解散後、ポップミュージックのフィールドに戻ってくることはないかもしれないとすら考えていたし、それでも構わないと思っていた。それだけに何のギミックもない、このシャープなロックチューンがスピーカーから流れ出したとき、僕は本当に嬉しかったし、僕が佐野を通して僕自身に信じているものは確実に受け継がれて行くのだと強く感じた。新バンドでのライブを見ることができないのは残念だが、僕はこれからも佐野元春の音楽を聴き続けて行くのだと確信させてくれた重要なアルバムだ。 尚、「フルーツ −夏が来るまでには」はその後ポエトリー・リーディング作品を集めたCD書籍「Spoken Words」に収録された。 1997-2021 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |