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フィレンツェ編」から続く。


1999年2月19日(金)

●移動日。ホテルをチェック・アウトして朝8時44分のユーロスターに乗った。これはイタリア版の新幹線みたいなもの。座席は完全予約制で、僕たちはフィレンツェに到着した16日にまず駅でキップを買っておいたのである。ちなみにフィレンツェからベネツィアまでの料金は特急料金込みで43,500リラ(2等車)。2時間半ほどで到着する。列車の中は快適で、最初のうちは少し混んでいたけどボローニャを過ぎ、パドバを出る頃には空いてきた。
●最初列車が走り出すとワゴンを押したオヤジが、「フィレンツェからご乗車のお客様〜」と言いながら歩いてくる。ここで手を上げると紙パックの飲み物をもらえる。タダである。僕たちはもらい損ねたけど。
●それから、これはユーロスターに限らないけど、列車に乗るときはバスと同様、必ず駅の刻印機でキップに刻印すること。特に、列車の場合は車内に刻印機がないので忘れないことだ(バスは車内にある)。駅にある黄色い機械だ。これがいわば改札の代わりなので、せっかく苦労してキップを買ってもこれを忘れると犯罪者扱いだ。
●さて、ベネツィアは知っての通り水の都。駅前から奥の旧市街にはクルマが入れないので水上バスや水上タクシーが唯一の交通機関だ。水上タクシーは乗ったことがなく不安なのでバポレットと呼ばれる水上バスに乗る。運賃は1回6,000リラ。1番の路線が駅前から(正確にはローマ広場から)大運河を通ってサン・マルコ広場経由リド島まで行く幹線で、たいていはこれに乗ることになる。ホテルのあるサン・マルコ広場まで僕たちもこれに乗った。
●それにしても結構な混みようである。船室は空いているのにみんなデッキに立つもんだから足の踏み場もないほどの混雑なのだ。まあみんなどこで降りるかよく分からないから事態に即応できるようなるべく外に立っていたいのだろう。船室の方が快適なのにね。そういう僕も最初はサン・マルコ広場までたっぷり半時間以上大荷物の番をして甲板に立っていた。本当は大荷物はひとつ6,000リラの荷物料金を払うべし。
●ホテルにチェック・インして街へ。寒い。寒いがさすがに街並みは独特でサン・マルコ広場から運河越しに望むサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会などは息を飲む美しさである。土産物屋で流れるボールペンを早速ゲットし、広場脇のリストランテで軽くスパゲティの昼メシをすませた。この日の午後はぶらぶらと市内を見物したが、リアルト橋に行き着いたところでUターンし、ホテル近くまで戻ってきた。移動で疲れていたのである。
●そんな訳で晩メシはホテルの隣のトラットリア。前菜に生ハム&メロン、プリモがイカ墨のリゾット、セコンドが子牛のレバー・ベネツィア風だったが、期待せずに入った割には悪くなかった。リゾットは2人前からですといわれることが多いので注意。ここのはちょっと米が柔らかめで僕たちにはおじや風で美味しかったけど、リゾットとしてはどうなのかなあ、もうちょっと堅く炊きあげるんじゃないのかな。デザートにティラミスとアイス、エスプレッソをつけて一人78,000リラほど(サービス料12%含む)。値段は決して安くなかった。


1999年2月20日(土)

●土産物屋を見ながらぶらぶら歩く。今回の買い物の目当ては銅版画とベネツィアン・グラスだが、どちらも見極めが要求されるのでまずはウィンドウ・ショッピングが欠かせない。特に銅版画はフィレンツェで一軒アンティーク版画屋に入ったがあまりの高さに退散した例もあり、土産物でいいから悪くない品物を手頃な値段でゲットしたい。シエナで買った彩色版画はあまりに安っぽかったし。
●ぶらぶら歩くうちにリアルト橋を越え、魚市場に迷いこんだ。新鮮なイカ、エビ、カニ、アサリ、そしてもちろん魚、日頃ドイツという海産物に恵まれない国にいる身としてはよだれが出るようなラインナップである。買って帰りたい衝動に駆られるが明後日までなまものをとっておけるはずもなく恨めしげに店を眺める。ああ、あのアサリでスパゲティ・ボンゴレ作りたいなあ。
●結局ローマ広場まで1時間以上かかって散歩した。土産物は何も買わず。ここでバポレットの1日券を買いサン・マルコ広場まで戻る。1日券は18,000リラ。3回乗ればもとが取れるし乗り間違えたり降りそこねて後戻りしたりしても小銭やキップの心配をする必要がないのが嬉しい。貧乏旅行者ならずともベネツィア市内で行動する日には持っておきたい。
●昼食はサン・マルコ広場そばのトラットリア。イカ墨のスパゲティとスパゲティ・ボンゴレ。ボンゴレは白ワイン仕立てで(僕はこっちの方が「ボンゴレ」って感じがする)ムール貝も入っている。それにしてもあのカメリエーレのオヤジ、水はガス入りと頼んだのにガス抜き持ってきやがって。日本人の顔見たらガス抜き持ってくるクセがついてんじゃねえか。女子大生らしい日本人の女の子5人組がピザ回しに感動して写真を撮っていた。味は可もなく不可もなし。
●ホテルで休憩してからバポレットの41番に乗りムラーノ島へ。41番と42番は環状線で、42番が時計回りで41番がその逆。バポレットを乗り間違えるハプニングもあったがそこは1日券の強みでリカバーし、ベネツィアン・グラスの本場ムラーノ島へ渡った。寒々としているがさすがにやはりガラス工芸の島である。通りにはガラス屋さんが建ち並んでいる。高級なワイン・グラスは本当に笑っちゃうくらい高いが(欲しかったのはデキャンタとグラス6客のセットで500,000リラ以上)、可愛らしいガラス人形なら10,000リラ前後から手に入る。
●狙いはイルカがジャンプしている置物で相場は20,000リラ前後から60,000リラほどまで。ただ安いものは造形がいまいち荒かったりするし、かといってイルカに60,000リラ出すのはいくらフリッパーズ・ファンの僕としてもちょっとバカらしい。結局これというイルカに出会えず、ガラスのテディ・ベアを買った。ほんの10センチほどのもので23,000リラは高いかなとも思ったが、イルカがどこの店にもあるのに比べ、クマちゃんは他では見かけなかったので思い切った。
●逆回りのバポレットで本島に戻りホテルへ。晩メシ前にまた銅版画を見に行ったが明日も店が開いている様子だったのでもう一度来ることにしてやはり見送り。晩メシは昼間目星をつけておいたトラットリアに入った。はじめ日本語のメニューを持ってきやがったが載っている品数が露骨に少なかったので英語のメニューを持ってこいと言って突き返す。ヨーロッパでは必ず店の外にメニューが貼り出してあるので事前にある程度注文を組み立てて値踏みをしておくことをお勧めする。
●前菜にベネツィア風カニのサラダ、プリモにエビのリゾット、セコンドにイカのフライをシェアと注文したら、リゾットは時間がかかるから、これをメインにしてイカフライはその前に持ってきていいかと言う。そっちがそれでいいならこっちは別に構わないのだが、要は日本語のメニューの品数が少なかったのもややこしいものは作りたくないからなのね。いいけどさ。
●カニのサラダは美味しかった。オリーブ油とビネガーは遠慮せずにぶっかけた方がいいみたい。ところが次にイカフライかと思ったら小エビのフライを持ってきやがった。だからフライはイカでエビはリゾットだってばと言ったらオヤジもああそうだったとか何とか言って厨房に引っ込んで行った。僕らもリゾットがエビでなけりゃ引き取ってやっても悪くはなかったのだが。だって揚げたての小エビのフライすごく美味そうだったんだもん。
●あらためて出てきたイカフライも味はよかった。リゾットは昨日に続いて柔らかめだったがこれも美味しかった。ワインはカメリエーレのオヤジが勧めてくれたソアベ(白)のハーフにしたのだがこれもすっきりと美味しく結局2本飲んでしまった。これなら始めからフル・ボトルにすればよかった。アイス、ティラミス、エスプレッソをつけて一人90,000リラ近く(またまたサービス料12%含む)。悪くはなかったがカニだのエビだのワインだの結構高くついた。


1999年2月21日(日)

●この日はベネツィア近郊の古都パドバを訪ねることにした。時刻表も何もなく取りあえずバポレットに乗ってベネツィア駅に着いてみると、パドバ行きの列車は出発したばかりだった。日曜日で列車の本数も少なく次は1時間後なので、適当な電車に乗って本土側のメストレ駅まで出てみたが、やはり同じ列車しかなくそこで1時間弱待つことにした。
●ベネツィアからパドバまでは列車で30分ほど、運賃は片道4,100リラである。結局11時半頃パドバに着いた。パドバ駅は街の北のはずれにあり、ユネスコの世界遺産にも登録されている旧市街へは徒歩で10分ほど。ラジョーネ宮や天文時計、パドバ大学などを外から見学した。特にラジョーネ宮は大きな体育館みたいで異様な雰囲気。
●しかしいかんせん日曜日には飲食店をのぞくすべてのお店が休み。土産物屋くらいはと期待してきたが開いているのは新聞スタンドだけだ。ここでは流れるボールペンもスノー・ドームも手に入らなかった。駅の売店まで休んでるんだもんな〜。
●仕方なくカフェ・ペドロッキでカプチーノを飲んでこの街の記念にした。尚、このカフェの注文の仕組みはバールと同じで、テーブルに座れば注文を聞きに来てくれるが、立ち飲みのときはレジで支払いをしてからレシートをもらってカウンターでコーヒーと交換してもらう。ただ玄関を入ってすぐのテーブルは立ち飲み客用の自由席扱いらしい。立ち飲みのときは自分で飲み終わったカップも下げるべし
●午後にはベネツィアに戻り、ローマ広場で明日の空港行きのバスをチェック。駅前の土産物屋でガラスのかたつむり親子4個セットを買って、バポレットでホテルに帰った。そうそう、バポレットの1日券は刻印の時刻から正味24時間乗れるので、前日の夕方買った券は日付が変わっても翌日の夕方まで使える。僕たちもこの日の往路は昨日の1日券で乗った。完全にもとは取った。
●いったんホテルに帰って夕方から再び街へ。ベネツィアはさすが観光都市だけあって日曜日でも土産物屋は開いているところが多い。昨日の版画屋で銅版画をゆっくり調べた。ベネツィアの風景を描いたもののうち、構図のいいもの、彩色の丁寧なものを選んで行く。結局15センチ×20センチほどのものを買った。額なしで25,000リラ。デュッセルドルフで額装してもらうことにする。でもあれプリントはオリジナルじゃなくて印刷だよな。
●晩メシは何回か前を通って妙に心ひかれたトラットリアへ。生ハムとサラミの盛り合わせでスタート、ハウス・ワインの白を飲みながらトマト・スパゲティとトマト味のボンゴレを食べ、イカとエビのフライをシェアしたが、料理はまあまあ。正直言って生ハムとサラミが一番美味かったかな。特にサラミはどうも日本のサラミ・スナックのイメージがあってこれまで敬遠していたのだが、極薄にスライスした本場のサラミは生ハムに負けず劣らず美味しかった。デザート、エスプレッソで一人71,000リラ(またしてもサービス料12%含む)。まあ、食堂って感じだよな。雰囲気は手軽で悪くなかった。
●ベネツィアでは例外なく一人3,000リラ程度の席料と12%のサービス料を取られた。何なんだ、これは。サービス料を取られたところでは、端数を切り上げる以外は一切チップを置かなかった。


1999年2月22日(月)

●最終日。バポレットでローマ広場まで行き、5番のバスに乗る。いつの間にか公共交通機関に乗るのが当たり前になっている。空港は新しいがすごく小さい。ローマ広場からはバスで30分もかからないくらいで、運賃は1,500リラ。安いわ。空港で残ったリラを使ってキャンティ・クラシコとサラミを買った。本当はソアベを狙っていたのだが、免税店にはよさそうな白がなかったのだ。
●行きと同じくサベナ航空でブリュッセル経由。デュッセルドルフに帰り着いたのは午後4時半頃だった。お疲れ様でした。
●早速買ってきたキャンティを開けようとしたら、コルク抜きのらせんの部分がビヨ〜ンと伸びてしまい抜けなくなった。何とかコルク抜きは逆に回して引き抜いたものの、コルク栓には穴が開いたままそのままになってしまった(スペアのコルク抜きがないのである)。せっかくイタリアの思い出をしのぼうとしたのに。悲しい。


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