logo 1998.4.14 神奈川県民ホール(1)


SCRATCHより親愛なるSilverboyへ 元気にしているかい?

1月7日に初日を迎えた「THE BARN TOUR」も、3ヶ月と1週間が過ぎ、ついに本当の千秋楽となった。紆余曲折を経て最後の地となったのは、奇しくも初日・横須賀のとなり街である横浜だ。佐野元春発祥の地ともいわれるこの街で、いったいツアーはどのような幕切れとなるのか。場内が暗くなり「逃亡アルマジロのテーマ」が流れだしても、僕にはその予測がつけられなかった。そして今にして思えば、バンド自身にも幕切れの予測ははっきりとはできていなかったのではないだろうか、僕はそんな気がしているんだ。

オープニングは東京と同じ、佐野元春の弾き語りによる「スターダスト・キッズ」そして「ジュジュ」。東京では「アルマジロ」の終わりをきちんと待ってステージに現れた佐野が、きょうは終わりを待たずしてステージに駆け出してきた。土曜日で18:30の開演だった東京に比べ、横浜は平日のため開演が19:00と遅い。一刻も早く演奏を始めたいという佐野のはやる気持ちが、その駆け足に表れているように僕には感じられた。きょうはきっと、いいライブになる。

3曲めの「欲望」でメンバーが登場、ここまでは東京と同じだ。だが佐野が用意した横浜のための特別メニューはここからだった。「君を探している」のあと「きょうは最初から飛ばしていこう」という佐野の言葉とともに始まったのは、3月後半のライブですっかりラストナンバーに定着していた「DOWN TOWN BOY」。更にステージ袖に井上のウッドが用意されているのが見える。まさかひょっとして、佐野はまたやる気なのか?そして次に来たのは「太陽だけが見えている」。僕の予感は適中した。ツアーの最終日、横浜で、佐野はまたもや、曲順をすっかり入れ替えようというつもりなんだ。

以前君にも話したように、佐野はIHKツアーの時も横浜で「曲順逆事件」と呼ばれる大幅な曲順入れ替えを行っている。しかしこの時の入れ替えは、かなり大胆なものではあったけれど、完全に曲順が逆転していたという訳ではなかった。でもきょうは違う。佐野はどうやら、いつもの曲順を全く逆から辿っていくつもりらしい。

Silverboy、佐野はやっぱり流石だよ。やっぱり素晴らしいステージプロデューサーだ。今のこの状況で、どうやったらバンドが「最高の状態」を保つことができるかを、彼はちゃんと心得ているんだ。4月の2公演は、本来のツアーファイナルが終わった後の振替公演という、ある意味でコンディション調整が非常に難しいライブだ。実際、3日前に行われた東京のライブは、バンドと観客のテンションの高さが幸いして素晴らしい盛り上がりをみせたいいライブだったとは思うが、演奏面だけ取り上げた場合、キメの部分が微妙にずれている箇所があったりして僕としては完全に「OK!」と言い切れないものがあった。もしも佐野が同じことを感じていたとしたら、そして今のテンションを維持したまま、隅々まで神経が行き届いた演奏を実現させようと考えたとしたら、曲順をすっかりひっくり返してしまうというのはなかなかいいアイディアだ。曲順が逆になりつなぎも全て逆となればおのずと緊張感が出る。一流のプレイヤー揃いのHKBにはおそらくそれだけで充分。あとは佐野が想定する「最高の状態」まで、各々が自然と上がってくるはずなんだ。

果たせるかな、佐野がバンドに打ち込んだこの起爆剤は効果覿面、それどころか佐野自身も予測していなかったかも知れないもの凄い結果をこの横浜のライブにもたらすことになった。

「そこにいてくれてありがとう」が終わった瞬間、客席のどこからか「まるで"さよならコンサート"みたいだな。」って声が聞こえた。そのくらい彼らは初っ端からガンガンきていた。6人が6人とも、いきなりラストかと思うようなハイテンション。しかもライブが進むにつれ彼らのテンションはグングンと、凄い上昇カーブを描いて更に更に上りつめていく。

今さら言うまでもないことだが「最高の状態」とは単なるノーミスの美しい演奏のことではない。ノッてくれば「ちょっと勢いが余って‥」という状態は当然ありうる訳だが(気持ちが脳制御の限界を超えやすい佐野は特にね)、「最高の状態」のHKBにおいては、ハプニングは逆に見せ場となってオーディエンスをますます興奮させる効果をもたらすんだ。

例えば「7日じゃたりない」。KYONが弾くアコーディオンのソロが終わって3番が始まろうとする時、興奮した状態でステージを歩き回りながらギターを弾いていた佐野はセンターマイクに戻ることができなかったんだ。「曲に穴があく!」そう思った瞬間僕の耳には、佐橋が弾くギターソロが飛び込んできた。しかもそのタイミングは、まるで5年前からそこにはギターソロが入ると決まっていたかのようにドンピシャ。「すごいよ、佐橋。」そのあまりにピッタリなハマり具合に、僕はすっかり我を忘れて佐橋に見入ってしまった。軽いフレーズを流しながら佐橋はじっと佐野を目で追い、受け渡しのタイミングを測っている。傍らには、いつもならもうアコを外しているはずのKYONが、何かあれば後を引き受けられるようアコを弾き続けたまま控えている。

ギターソロがワンコーラスの半分ほどいったところで佐野の体勢がどうにか整い、曲展開を3番の頭に戻して(これだって瞬時にパッと全員が戻れるんだからたいしたものだよ)場は事なきを得た。遅れた瞬間の佐野がどんな表情だったか、僕の位置からはKYONの陰になってしまい残念ながら見ることができなかったが、2人はとっさの判断で佐野の窮地を救ったばかりでなく、見事ライブにハイライトシーンをひとつ、つけ加えてしまったんだ。曲が終わった時、佐野は誇らしげに左手を上げコールした。
「ギター、佐橋コロちゃん、アコーディオン、KYON!!」

ハイライトシーンはこれだけじゃない。HKBは更に、ポカさえもオーディエンスを惹きつけるための小道具にしてばく進を続けていく。

例えば「ドクター」。1月の京都でのライブに端を発し、いまや恒例となりつつある最後の"キメ10回"は、わざと9回で止めて「あれ?変だな?」といった表情で大げさに指折り数え「いかんいかん」と1回つけ足す、というやり方が最近の佐野のお気に入りとなっている。きょうも佐野は、観客とやり取りしながら思いつくままにキメをつくり、最後にバンドに向かって10本の指を示しながら腕を9回振り下ろしたところで止めた。バンドも心得たもので9回でぴったり揃って一旦止まる…はずだったのだが、全員の音がバシッと止まった直後、場内の静寂を破って「ジャーン」という音。万座の視線が集中する中、突っ伏しているのはオルガンブースの西本明だ。よりによって最終日のこの一瞬に、よりによって西本の大ポカ。僕は嬉しくてたまらなかった。だって考えてみてほしい。西本が一歩ひいて冷静沈着にプレイしていたとしたら、佐野が出すキメの合図を間違えるなんてまずあり得ないことなんだ。彼はノリにノッていたからこそ間違えてしまった。おそらく佐野の振りに合わせてジャッ、ジャッとやっているうちにすっかり気持ちよくなって、ついつい1回多くなってしまったんだろう。あの西本が間違えるほどノッている。大阪でビッグバンを起こして以来、彼はいまだハジけたままなんだ。僕にとってこれほど嬉しいことはない。

鍵盤の上に突っ伏す西本には「アキラー!アキラー!」と会場中から黄色い声援がとんだ。ブーイングの響きを持つ声は皆無。この日のオーディエンスはみんな僕と同じように西本の壊れぶりを喜んでいたんだ。バンドも同様だった。佐野は嬉しそうに笑うと「それじゃあもう1回だ」とばかりにまた指を10本出し、メンバーの呼吸を見計らって腕を振り下ろし9回で再度止めた。今度は全員の音が9回でぴったりと止まる。佐野が指折って回数をカウントし1回をつけ足し、ようやく「ドクター」は大団円となった。ポカがあったにも拘わらず、いや、ポカがあったおかげで、この日の「ドクター」はオーディエンスを、そしてバンド自身を更に加速させていく大きなポイントとなったんだ。

こうなったらもう観客もバンドも手がつけられない。まるでブレーキが効かない車に乗り込んでしまったかのように、ひたすら突っ走っていくのみだ。前半には「きょうは少し喋り過ぎだな。」と自ら認めるほど饒舌だった佐野も、ほとんど話すことなく曲に没入している。そして曲順がすっかり逆になったこの日のステージは、大部分のステージでオープニングだった「ヤング・フォーエヴァー」をついにラストナンバーとして迎えることになる。

この日のこの曲は、最初から何か違っていた。小田原のスネア4つ打ちが始まったその瞬間から、独特な空気がステージに充満し始めたんだ。この空気、触れたことがあるような気もするがよく思い出せない。ただ、今ここで起こっていることは何ひとつ忘れちゃいけない、そんな予感だけが頭の中を走りぬけていく。

横浜でもこの曲は、大阪のライブに負けず劣らず大合唱となった。ラストなんだから当たり前と言われればそれまでだが、僕はそれだけで片づけたくはない。横浜のオーディエンスはこの曲を聴くために、ツアー開始から丸々3か月半の月日をじっと待ち続けていたのだから。最初だろうと最後だろうと、想いの強さは大阪に決して負けるものではないと、僕は強く信じている。

2番が終わり、佐橋が弾く間奏のリードが始まった時のことだった。僕はちょうど対角線に位置する小田原豊を観ていた。佐橋のリードに合わせて小田原が即興のタムの乱打を差し挿む。と同時に、小田原の周りでバリバリという音とともに何かが割れているような気がして、僕は眼を見張った。「凄い。」その時の小田原はまさに、古い殻を内側から叩き壊して新しく生まれ変わろうとしているように僕には感じられたんだ。もちろん実際にはバリバリなんて音はしていないし、小田原の周りに殻があった訳でもない。これはあくまでも僕の感覚だ。今まで僕が核分裂だの1面クリアだのといった言葉を借りて表現してきた「HKBがグレードアップする瞬間」を僕はこの時、目の当たりに目撃してしまったような、そんな気がしたんだ。

たまたま僕はこの時小田原を見ていた訳だけれど、はっと気づいて見渡したら6人が6人とも、すっかりさっきまでのバンドからグレードアップしている。自分のアンプに向かってカッティングの音を確認するように弾いている佐橋、さかんに頭を振りながら身体を斜めにしてピックを動かす井上、普段の5割増の音量で前かがみになってオルガンに向かう西本、扇風機の風をまともに受けながら気持ちよさそうにギターを弾き続けるKYON。ツアー最終日のラストナンバーだというのに、こいつらまだまだ凄くなり続けているんだ。「最終日だから集大成?そんなこと誰が決めたんだい?」リフレインを唄い始めた佐野の毅然とした声は僕にそう言い放っているかのようだった。

Silverboy、僕はまた6人からデコピンを喰らってしまったよ。最後になっても僕はまだ、このバンドを見切ることができていないらしい。いや、それどころかこのバンド、もしかすると自分たち自身が自分たちのことをしかとは見切れてはいないのかもしれない。本当に凄い連中だよ。月並みな言葉だけど、僕には他に表現する言葉が見つけられない。

「ヤング・フォーエヴァー」が終わった時、時計の針は21時を10分ほど廻ったところだった。モトハル・クラシックをほとんど聴かせないまま、ホールの規定と思われる時刻まであと20分。HKBはいったいどうやって、このライブの幕を引くつもりなんだろう。この期に及んで、僕にはまだ最後の結末が見えていない。

長くなりそうなのでここで一服させてほしい。続きは次のメールで!


親愛なるSCRATCHへ メールどうもありがとう。

待ちに待った君からの最後のライブ・レポートが「前編」だと分かったときには僕はイスから転げ落ちそうになってしまった。ツアーの本当の最終日がキミの住む街で行われるということで、相当思い入れもあるんだろうな。

このプレイアビリティあふれるバンドでのツアーを、自分の目で見ることができなかったのは残念だ。でもキミがこれでもかというくらい力のこもったレポートを送ってくれるおかげで、それぞれのライブが持つ「熱」のようなものがダイレクトに伝わってくるような気がして楽しかった。どうもありがとう

最後の後編、楽しみに待っている。

Silverboy



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