logo 山田稔明 ミニ特集


新幹線に乗ると必ず行きは山田稔明の「pilgrim」を、帰りは「home sweet home」を聴く。「巡礼」と「家路」。移動する視線。まるでロードムービーの主人公のように僕は、束の間、どこにも属さない人になる。そんな気分の時に山田稔明の音楽はとてもよく似合っている。

少しよそ行きの服を着て、持ち物を確かめて家を出る。僕は日常を点検する。展開する視点。自分の住む部屋を外から眺めてみる。僕の暮らし向き、僕がこっそりついたため息、僕の歩幅を僕は広げた指で測ってみる。その距離感は、山田稔明が僕たちの生活の中にちょっとしたマジック・アワーを見つけ出す、そのやり口にちょっと似ているのかもしれない。

車窓から僕はたくさんの人のたくさんの日常が通り過ぎて行くのを見る。一つ一つの窓、一つ一つの明かりに毎日の営みがある。僕は「旅路」を思い、「家路」を思う。たどり着く場所について考え、帰るべき場所について考える。とても些細な、でもとても重要な段差、顕れ。それは時としてとても鮮やかに光を放つ。山田稔明はそんなもののことを歌い続けているのだと、僕は勝手に思っているのだ。

途切れることなく続いて行く毎日の営みの中で、区別のつかない繰り返しの中で、僕たちは実際のところ何を目印に僕たちの感情の輪郭をたどればいいのだろう。見過ごしてしまいそうなほんのちょっとしたサインについて、山田稔明は歌う。朝の太陽を受けて一瞬だけきらっと光ったビー玉を山田稔明は嬉しそうに差し出す。ほら、ここにあったよ、と。


山田稔明さんから

僕は高校英語の教職免許を持っていて、だからかどうだかわからないけど誰かが書いた感想文やアンケートを心の中で採点したり「なるほど」「ふうふむ」と相槌を打ったり、あるいは思いもよらなかった反応に「へえ!」と驚いたりするのが好きだ。
Silverboy Clubはいつも読むのが楽しみなサイト。自分のことを書かれていると「どれどれ」といつも読みふけっています。ここにまとめられた文章を眺めながら今もビール片手にニヤニヤしているのです。(2013.7.9)

やまだ・としあき 1973年12月8日生まれ、佐賀県出身。1993年、東京外国語大学内の音楽サークル内でGOMES THE HITMANを結成、1999年、メジャー・デビュー。2009年ソロ・デビュー・アルバム『pilgrim』発表。文学性の高い歌詞と良質なポップ・ミュージックを正統に継承した音楽性を武器に、はっとするような日常のブルースを歌い続けている。




pilgrim

GOMES THE HITMAN.COM
GTHC-0001 2009.3.25発売

■ harvest moon theme
■ blue moon skyline
■ clementine
■ 夏の日の幻
■ 三日月のフープ
■ pilgrim
■ 雨に負け風に負け
■ ONE
■ SING A SONG
■ ユートピア
特別なことは特別な言葉の中にあるのではなく、僕たちのうんざりするくらい当たり前で前後の区別もつかないありふれた毎日の繰り返しの中のほんのちょっとした隙間とか段差とかそういうものにあるので、僕たちはそれを見逃さないように注意深くなければならない。もう何百回も何千回も繰り返してきた、例えば歯磨きとか目覚まし時計のセットとか外へ出たときに空を見上げる仕草とか、そんなときにふと、あ、今、これ、と不思議な感慨が心をよぎる瞬間が、きっとだれにでもあると思うんだけど。

そんな日常の中にあるささやかな隙間や段差についての、これはそういうアルバムだ。そういう描き方でしか描けないある種の感情、ある種の強さや弱さのことを山田は歌っているのだ。ありふれた言葉に積もったホコリを丁寧に払い、息を吹きかけて磨いてみることで山田は(いささか大げさに言えば)世界を再定義して見せたのだ。あらゆることは個人的な問題で、世界とは自分のことだと気づいたのは確か15年ほど前のことだったと思うんだけど、そのような意味での世界を山田は組み立て直したのだ。

「風のない世界には ほら 答えがないみたいだ」。幼稚園児にだって分かるシンプルな言葉で山田は世界を揺るがし、静かな水面にかすかな波紋を起こす。何もかもを自分の内心の問題にしてしまうことが本当に正しいのかどうかは分からないけれど、ピンホールカメラのような世界の写し絵が僕の中にあるのだとすれば、その輪郭をなぞるのは僕の言葉でなければならない。それもできるだけ平易で凡庸でありふれた言葉だ。なぜなら、そのような言葉にこそ最も力があるから。万人が耳を傾けるべき詩。

Silverboy Club Music Award 2009 審査員特別賞選評
だれにも手の触れることのできない心の領域のようなものがあるのだとすればそれはこのアルバムのようなところ。山田の詩はそんな場所が手つかずで残っていたことを気づかせてくれる。遠くから風を伝うように聞こえてくる電車の音に、ふと手を止めて顔を上げた、そんな瞬間の音楽。




home sweet home

GOMES THE HITMAN.COM
GTHC-0002 2010.5.19発売

■ harvest moon
■ 歓びの歌
■ home sweet home
■ クレールとノアール
■ milk moon canyon
■ glenville
■ hanalee
■ 星降る街
■ sweet home comfort
■ 距離を越えてゆく言葉
前作「pilgrim」と対をなすソロ第2作。タイトル通り「家路」をテーマにした作品である。もちろん、僕たちにとって「ホーム」はただの「家」ではない。それは、僕たちが限りない旅の途中で、ひと仕事を終えて疲れ果てるたびに立ち戻っては自分の成長を見定める「根拠地」だ。山田はここでそんなホームのことを歌う。君が笑ってくれるなら、そこが僕の帰る場所だ、と。ホームはここにあり、どこにもない。どこにもなく、ここにある。

だからここにあるのは、自分の今を確かめ、自分が今立っている場所、自分が今ここにいる理由、根拠を自分自身に問い直す音楽だ。ホームに帰るというのはそういうことであり、それは外へ飛び出し、旅路をさまようことと同じくらい未知の冒険なのだ。「さあ、ここで」と山田は細い声で歌う。自分が今いる、今、ここで。それは自分の今を改めて受け入れ、ここで地面に立つことを肯定する覚悟だ。僕たちは不意をつかれてはっとする。

家路は即ち自分の内側への旅路。時にはレイドバックしているとすら感じられるカントリー色豊かなアコースティック・アルバムだが、そこで歌われる認識はどれもどんなハードロックよりも硬質で、自分自身とのギリギリのせめぎ合いの中から直接に立ち上がってきたものであり、まさにロックとしか呼びようのないもの。細い声で歌われる物静かなロック。言葉を頼りに、僕は生きて行こう。細い声で、細い肩で、僕たちは生きて行ける。

Silverboy Club Music Award 2010 審査員特別賞選評
言葉のひとつひとつがもつ意味を洗い直し、その突端から突端に細い糸を張り渡す作業。次の瞬間にどこにいるか分からないからこそ、今ここにいることを肯定し祝福しなければならない、そのために日々の泡のような心のかすかな波紋に目を凝らし、耳を澄ます。一生つきあうアルバム。




Christmas Song
-standards and transfers-


GOMES THE HITMAN.COM
GTHC-0003 2012.11.1発売

■ sombody's coming (introduction)
■ joy to the world
■ jingle bells
■ oh my darling, clementine
■ wish you a merry christmas
■ greensleeves
■ when the saints go marching in
■ the first noel
■ symphony no.9 (ode to joy)
■ amazing grace
■ silent night
■ o christmas tree
クリスマスと聞くだけで僕たちはどうしてそんなにも浮足立ってしまうのか。おそらく僕たちは神さまを見たことがなくて、イエスさまの顔も知らなくて、もちろん聖書なんて読んだこともない訳だけど、それでもクリスマスが近づくと、せっせと豆電球を飾ったり、プレゼントを買いに行ったり、そしてだれかと意味もなく豪華な晩ごはんを食べて愛を交わす。いったい神さまはどんな顔をしてそれを見守っているのだろうかといつも思う。

僕が通っていた幼稚園はカトリックで、日曜日は礼拝があるので登園し、月曜日が休みだった。僕は自家中毒の子供で、火曜日の朝にはよく気分が悪くなって幼稚園に行きたくないと母親を困らせた。クリスマスには当然クリスマス会があって、キリストの生誕劇をやる。僕は長い間、自分が東方の三賢人の役をやったものだとばかり思っていたが、帰省した時に聞いたら羊飼いの役だったらしい。流れ星を見てキリストの誕生を知る大役だ。

ねえ、神さまはいるのかな。僕はいると思う。すべてを許し、すべてをそこにあらしめる神さま。不信心な僕たちがクリスマスにかこつけて彼女との距離を一気に縮めようとしていたとしても、それがどうしたというのだ。神さまはそんなこと気にしちゃいない。何もかもをあるがまま受け入れる、寛容と慈悲。これは山田稔明がスタンダードなクリスマス・ソングをアコースティックなアレンジで歌った企画盤。一家に一枚常備したい作品。




新しい青の時代

GOMES THE HITMAN.COM
GTHC-0004 2013.7.7発売

■ どこへ向かうかを知らないなら
  どの道を行っても同じこと
■ 一角獣と新しいホライズン
■ 光と水の新しい関係
■ 予感
■ 平凡な毎日の暮らし
■ 月あかりのナイトスイミング
■ やまびこの詩
■ 光の葡萄
■ 日向の猫
■ ハミングバード
■ あさってくらいの未来
僕たちはなぜ歌を歌うのか。歌われるに足るものはどこにあるのか。長い間、僕たちはここではないどこかにあるはずの「夢」や「理想」や「本当の自分」についての歌を聴いてきた。だけど、そうしたものを探している間にも僕たちの毎日は確実に過ぎ去って行く。取るに足りない生活、ありふれた日常。日向で眠る猫、遠くの鉄橋から響いてくる電車の音。歌われるに足るものはそこにあるのかもしれないと誰かが思っても不思議ではない。

このアルバムはそんな毎日の生活の中に、僕たちにとって不可欠なものの手がかりを見つけ出そうとするささやかな営為だ。もちろん、僕たちの毎日の生活は心愉しいことばかりではない。いや、むしろ、思うに任せないことの方が多い。そんな日常の中で、僕たちは何を歌うのか。山田がここで歌うのは新しい日常のブルースだ。些細なことで泣いたり笑ったり、怒ったり悲しんだりする、僕たちの平凡な毎日の暮らしそれ自体のブルースだ。

すべての善きこと、すべての悪しきことの現れ、兆しは、僕たちの毎日の暮らしの中にもれなく見て取ることができる。もし君が十分注意深ければ。僕には山田がそう歌っているように思われる。そして、それが歌われるに足るものなのだとすれば、それは山田がそうした日常のブルースをそのまま受け止め、総体として祝福しているからに他ならない。そこにあるありふれたものにじっと目を凝らすことで僕たちがたどり着く場所の物語だ。

Silverboy Club Music Award 2013 審査員特別賞選評
僕たちが毎日をやり繰りするのに必要なのは、大げさなパラダイムのシフトなどではなくて、片目を交互につぶって見え方の違いを確かめてみるような小さなアクションであり、そんな毎日の繰り返しにこっそり名前をつけたりするささやかな抵抗。ブルースという言葉を身近に引き寄せた名作。




緑の時代

GOMES THE HITMAN.COM
GTHC-0005 2014.5.5発売

■ 点と線
■ 夢のなかの音楽
■ 新世界のジオラマ
■ ココロ/コトバ
■ カフェの厨房から
■ BON VOYAGE〜終わりなき旅の流浪者
■ 僕たちの旅〜自己嫌悪'97
■ HIGH TIDE
■ 夜のカーテン
■ サニーレタス
■ 猫のいる暮らし
「これまでCDRやコンピレーション盤などで発表された数々の楽曲からセレクト、再編集、再録音された11曲で構成される『retrospective』なアルバム」(monoblog)ということで、ずっと以前から発表されていた曲も含まれ純然たる新譜ではないが、僕にとってはオムニバス・アルバムに収録された『夢のなかの音楽』以外は初めて聴く曲。5月の連休のある日、マンションの1階の郵便受けに「コトン」という感じでメール便が入っていた。

そういう成り立ちのアルバムだからなのか、ひとつひとつの楽曲の手触りはさまざま。例えば1997年に書かれたというその名も『僕たちの旅〜自己嫌悪'97』といったゴメス・ザ・ヒットマンの初期のアルバムに入っていてもおかしくないやんちゃな曲から、レゲエ・アレンジの『ココロ/コトバ』、いかにも最近の録音らしい端整な『夢のなかの音楽』まで、まるで山田のiPodを勝手にシャッフル再生しているような楽しいアルバムになった。

僕はかつてベル&セバスチャンのことを、「生きられなかった架空の生についての音楽」と評したことがあるが、ここにあるのは山田がこれまでまとまった形で発表してこなかった音楽で、それゆえにむしろ「生きられた生」よりも切実で、いとおしく、他のどこにも見ることのできない光を放つもの。そうした「あり得たいくつもの生」の光がなけなしの3分半にしっかりと閉じ込められ、すべてが繋がり合っていることを示唆しているのだ。




the loved one

GOMES THE HITMAN.COM
GTHC-0007 2015.6.19発売

■ my favorite things
■ 太陽と満月
■ ポチの子守唄
■ 些細なことのように
■ small good things
■ 猫町オーケストラ [album mix]
愛猫家で知られる山田が、2014年に死んだ飼い猫ポチに捧げた作品。『ポチの子守唄』『猫町オーケストラ』などタイトルでそうと分かるもの以外の曲の歌詞にも必ず猫が登場するのだが、それは山田の作品では別に珍しいことではないのかもしれない。少なからぬ山田の曲ではまるで風景にとけこむように猫が歌いこまれていて、「愛されしもの」というこのアルバムのタイトル通り、振り返ればポチはいつもそこにいたということだろう。

だが、僕たちにとって、そして山田にとって、おそらくはポチにとっても大事なことは、このアルバムがそうした「文脈」とか「事実関係」から離れて、ひとつのポップ・アルバムとして開かれた存在であり、そうした「事情」を何も知らない人をもオープンに受け入れる風通しのよさがそこにあるということだ。意表を突くモータウン・ビートで始まる冒頭の『my favorite things』、アコーデオンが印象的な『small good things』がいい。

心を直接覗きこむことはできなくて、僕たちはそれを「別の何か」に置き換えることによってしか理解することができない。山田はそれをポップでオープンな音楽に置き換えて見せた。ポチのことなんか知らない人がこのアルバムを手にとって聴き、ポチのことなんか知らないまま鼻歌で歌うことこそが、このアルバムの、「置き換え」の価値であるはず。「書きかけのメッセージを握りしめて眠るのだ」って、何て奇跡のようなライン。RIP

Silverboy Club Music Award 2015 審査員特別賞選評
死について語ることと生について語ることは同義であり等価である。そしてこれはポチについての物語であると同時に、いや、それ以上に山田自身についての物語である。細い声で語られるが故にこそ遠くまで届く、山田の歌はいつもそんな驚きに満ちている。『small good things』が素晴らしい。




pale みずいろの時代

GOMES THE HITMAN.COM
GTHC-0008 2016.7.7発売

■ pale blue
■ 気分
■ ナイトライフ
■ モノクローム
■ セレナーデ
■ スミス
■ 幸せの風が吹くさ
■ my valentine
■ calendar song
■ Qui La Laの夏物語
「緑の時代」と同様、1993年から20年間に書かれた「青春の軌跡」と呼ぶべき一群の曲を、今の山田が現代に位置づけるべくファイナライズしたアルバムである。だが、「緑の時代」が引出しの奥から「そういえばこんなのもあった」的に引っ張りだした古いキーホルダーや缶バッヂに息を吹きかけてほこりを払うようなアルバムだったのに比べ、ここでは曲の粒立ちを揃える作業がより丁寧になされ、アルバムとしての完成度、一体感は高い。

最も古い『スミス』は「初めて自分で歌うために書いた」英詞の曲。最も新しい『calendar song』は2016年1月のライブで披露されたポップ・チューン。しかしそのいずれもが現代の山田の表現としてきちんとアップデートされており、時間という縦の連なりが、ひとつのアルバムとしての空間に再構成されて、広がりと奥行きのある立体的な作品に仕上がった。オリジナル・アルバムとして正面から対峙するに足る表現の強度を備えた作品だ。

それでも、山田がここ3年、こうした企画盤2枚と愛猫の追悼盤となるミニ・アルバムをリリースしながら足場を固める作業をし続けてきたことは、2013年の「新しい青の時代」がいかに山田の中で大きな存在であるかを想像させる。次へ進む前に、山田は表現に向かう自分の中のコアのようなものを棚卸する必要があったのかもしれない。ポップであることがもはや何かの救いと同義であり得る世界で、人生は続く、そう、カレンダーのように。

サブテキスト「カレンダー的人生観


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