愛をこめてコミュニケーション・ブレイクダウン Twitterをやっていると、いろんな人がいろんな意見を述べているのを目にするし、それはそれで結構なことだと思うのだが、そこで何か「議論」が行われているのかといえばどうもそうではないのではないかと最近思うようになった。 意見の交換というか「主張の応酬」のようなものはしばしば目にするのだが、それが何かの結論とか妥協とかに収束することはまずなく、ほぼすべてのケースが罵倒のエスカレーションの結果、炎上に至るのである。これはなぜか。 要は誰も人の意見なんか聞いちゃいないのである。言いたいことばっかりあって人の話なんか聞いてないのである。SNSだ何だと意見を表明するツールは発達し、本来はそれらが多様な意見の受け皿になって建設的な議論に資するべきなのかもしれないが、現実に起こったのは一方的な主張の乱発であり、そこに双方向の「分かり合い」はなかった。 「愛をこめてコミュニケーション・ブレイクダウン」と佐野元春は歌ったが、それってこういうことだったんだ。30年前にそれを看破した佐野はエラかった。でもまあ、それはつまり、「建設的な議論」が難しいのは今も昔も同じで、それがコミュニケーション・ツールの発達で再認識されたというだけなのかもしれない。 このサイトを始めて18年。バーチャルがリアルの写し絵であることは結局何も変わらない。僕たちが現実の世界でまともな議論をできないのなら、いくらネット環境が進化してもそこで行われる議論がプアなのは当たり前だ。今年も、この複雑に揺れ動く世界を歩き続けて行こう。 2015年1月 1997-2015 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |