logo バード・ピュルモント


■2002年2月9日(土)

●月曜日がカーニバルで休日なので、3連休を利用して温泉保養に出かけることにした。温泉といっても熱い露天風呂に入って夜は美味い刺身でも、みたいなのを期待されると困るんだけど。行く先はバード・ピュルモントという街で、デュッセルドルフからは北東へ200km強。だいたい地名にバードとかバーデンとかついてるところは温泉の湧き出ている保養地だと思って間違いない。有名なバーデン・バーデンもそうだよね。
●今回は途中からアウトバーンを降りて一般国道を走らなければならないのでふだんより平均速度はどうしても下がってしまう。一般国道の制限速度は特に規制のない限り時速100kmなんだけど、街に入ると制限速度は自動的に時速50kmになる。面倒くさいけど市街地を示す黄色い標識が出るたびに減速し、街を出ると再び加速しなければならない。この繰り返し。
●あと、田舎の国道を走っていると、時折重いトレーラーとかトラクターが道をふさいでいるので追い抜かなければならない。かつて雨の国道でトラックに追い抜きをかけたとき、こっちは一所懸命アクセルを踏んでるんだけど思うように加速しなくて(レンタカーだったんだよな)、反対車線をトラックと併走したままブラインド・カーブに突入してしまったことがあった。あれは怖かった。あのとき対向車線をトレーラーか何かが爆走してきたら確実に死んでる。雨で見通しはきかないし。あれがこれまでの僕の人生で最も死に近かった瞬間かもしれない。今回は3回ほど抜いて1回抜かれた。
●結局2時間半ほどでバード・ピュルモントに着いた。ホテルはこの街でもいちばんの高級ホテル・シュタイゲンベルガーである。ロビーに入ると雰囲気が張りつめている。ある程度は予想してたがこの張りつめ方、高級感は尋常ではない。こっちはボタンダウンのシャツにジャケット、チノパンというカジュアルの中ではまともな服装だったんだけど、ロビーにいる客の大半はスーツにネクタイですよ。まったく、ごめんなさいって感じ。
●ヨーロッパに住んで感じるのは、そこに厳然たる階級社会があるということ。身のほどとか分相応ということが画然と守られており、例えばこのホテルだって宿泊料金そのものはそんなにバカ高い訳ではないが、だからといって若い学生のカップルがバイトでカネをためてクリスマスに泊まるようなことはまずない。いくらカネを払ってもここは彼らの来るべき場所ではない、という一種の社会的コンセンサスがある訳だ。
●その「身のほど」を見極めるのは難しいが、それは概ね職業や社会的地位と年齢で決定されており、その意味でおそろしく保守的なものである。日本人観光客がしばしば戯画的に揶揄されがちなのは、彼らが単にうるさいとか目立つとかいうだけの理由からではなく、そうした封建的なヨーロッパ社会の「しきたり」に割りこんで無神経に蹂躙する失礼な存在だからなんじゃないかと僕は思う。いや、こっちは悪気がある訳じゃなくてそんな「しきたり」を知らないだけなんだけどね。
●そういう封建社会そのもののの善し悪しは別としても、郷に入っては郷に従えの習いどおり、そこに厳然と「ある」ものに対してはそれなりの敬意を払うのが礼儀というものだろう。それにしても客は見事に老夫婦ばかり。学生カップルは問題外としても、子連れの若夫婦すら見当たらない。レストランをのぞいてみたがあまりの恐ろしさに卒倒しそうになった。ノーネクタイであのレストランに入る勇気はないね。
●ケーキとコーヒーのルームサービスを頼んでみた。電話で頼むんだけど、ケーキの種類をドイツ語で説明されても分からないということがよく分かった。クリームっぽいヤツとか果物っぽいヤツ、みたいな感じで頼んで運を天に任せたが悪くはなかった。ただケーキはおそろしくデカかった。それだけで一食になるくらいデカかった。おなかいっぱいだ。あれを平気で食べるドイツ人の老夫婦も怖い。

■2002年2月10日(日)

●朝メシのビュッフェも豪華だった。朝メシでもジーンズなんかはいてるヤツはだれもいない。というかジーンズなんかはきそうな若い客はいないということだ。さすがにスーツを着てネクタイを締めているヤツはいないが、奥様方は皆様高そうで小さなハンドバッグをお持ちである。あれ以上カジュアルなアイテムは持ってないんだろうな。この世界にはリュックなんて言葉はないんだろう。
●朝メシのあと、ホテルの近所の温泉センターみたいな施設に出かけた。ホテルにも立派な温泉プールがあるんだけど、ちょっと違うところも試してみたかったのである。メインは大きな温水プールだが、これはレジャープールではなくれっきとした温泉であり、客はゆったり浸かっているか、せいぜいのんびり平泳ぎをしている程度でバシャバシャ騒ぐ子供はいない。水は塩辛い。水温は30度強で、我々の温泉のイメージとはほど遠いが、ドイツの温泉というのはこんなもんのようだ。
●そういえばバーデン・バーデンのカラカラ・テルメもこんな感じの施設だった。あそこではサウナが男女混合で水着なしだったので結構エラいことになっていたのだった。若いお姉さんも大胆に汗をかいてたもんなあ。あれはもう10年近く前の話か…。
●温水プールの他にもマッサージとか美容コースとかもある様子。施設は新しくて気持ちがよかった。更衣室は男女に分かれておらず、ロッカールームに着替用の小部屋がいくつも用意されている。これだと家族が一緒に着替えられてとても便利。他のプールでもそうだったのでドイツのスタンダードはこの方式なのかなと思うんだけど、日本ではきっと場所を取りすぎるという理由で採用できないんでしょう。
●温泉保養地は長期滞在客のためいろいろと娯楽施設が揃っているのが常だ。この街にも劇場やカジノがある。カジノは高級社交場であり、きちんとした服装でないと入れない。僕はこれまでバーデン・バーデンとヴィースバーデンのカジノに入ったことがあるが、ちゃんとスーツを着てネクタイを締めて行った。有名なモナコのカジノもきちんとしたドレス・コードがあるはず。封建社会の象徴みたいなものである。
●ここのカジノにも行ってみたかったが、プールから帰って休憩していると気分が悪くなり、とてもそれどころではなくなってしまった。昼メシに食べたハンバーグがよくなかったのか。夕方から夜にかけての貴重な時間を寝て過ごした。晩メシもパスした。実にタイミング悪かった。カジノとかバーとか行ってみたかったんだけどな。でも本当にしんどかったので。

■2002年2月11日(月)

●昨日の晩メシを食べ損ねて腹が減っていたので今日の朝メシは楽しみにしていたんだけど、食べようと思っていたメットが今日はなくてがっかりした。メットというのは生の豚ミンチに調味料を混ぜたもの。これをパンに塗って食べると滅法美味い。生の豚肉というとたいていの日本人は嫌がるが、ネギトロが食えてメットが食えない道理はない。ドイツの隠れたごちそうだ。ああ、食べたかった。
●ホテルのすぐ近くにシティ・ホールがあって、ツーリスト・インフォメーションやカフェやちょっとしたギャラリーや売店が入っている。ツーリスト・インフォメーションに併設された温泉センターでは、この街で湧き出る温泉の水を飲ませてくれるというので行ってみた。蛇口みたいなのが並んでるカウンターに相談員のおばさんがいて、どれがいいのと訊くのでちょっと血圧が高いんだけどと言ったら、ある蛇口からコップに一杯の温泉水を注いでくれた。
●「味は?」と訊くと「これは味はないわよ」と言うので思い切って飲んでみたが、確かにかすかな塩味と炭酸が感じられる他は「ただの水」に近かった。もっとも他の蛇口の中には鉄分が豊富に含まれていて「血の味」がする水もあるらしい。まあそれも記念だからいいだろうけど。尚、コップはそのまま持って帰っていいということなのでもらってきた。代金は2ユーロ(220円程度)。大した土産物もない(今回は流れるボールペンもなし)街なので、このグラスは貴重だ。
●家に帰ると、テレビでカーニバルのパレードの様子を中継していた。デュッセルドルフはマインツ、ケルンと並んでドイツでも盛大にカーニバルを祝うことで知られる街なんだけど、住んで7年にもなるといい加減パレードも見飽きてくる。晩メシは出前ピザにした。



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