logo 南ドイツ周遊の旅


2000年3月19日(日)

●いやあ、今年もいよいよ旅行の季節がやってきました。とはいっても3月はまだオフだよね。今年はあのY2Kがあって年末年始は遠出を自粛したので、冬休みをこの年度末間際に取ることになった。いいんだよ、オレの仕事は年度始めの方が忙しいんだから。で、本当ならスイスにスキーにでも行きたいところだが、僕はスキーはそれほど好きでもないので、今回は穏やかに南ドイツをクルマでまわるドイツ再発見の旅に出ることにした。
●最初の目的地はヴュルツブルグ。デュッセルドルフを出るときには雨模様の肌寒い天気だったが、クルマでヴュルツブルグに近づくとともに雨は上がってラッキー。よっぽど日頃の行いがしのばれる。デュッセルドルフからはちょうど3時間くらいかな。レジデンツの前の駐車場にクルマを停め、昼になったので手っ取り早くマクドでメシ。それからワイン蔵のJuliusspitalとBuergerspitalをまわってワイン・リストをもらう。明日買いにこよう。
●その後、ヴュルツブルグいちばんの見どころレジデンツに入る。南ドイツ・バロック建築の代表作(らしい)。ま、壮麗な宮殿だと思ってもらえればいいでしょう。入場料は8マルク。階段の間の巨大な天井画は圧巻(ティエポロのフレスコ画だって。分かる?)。一部工事中なのが残念だったけど、カネを払って見学する値打ちのある建物ではある。
●ここから再びクルマに乗りこみ、宿泊地イプホーフェンを目指す。イプホーフェンはヴュルツブルグからクルマで1時間弱のところにあるワインで有名な村。この村で自宅の一部をホテルに開放しているワイン蔵に部屋を予約してあるのだ。村にたどり着いたところでホテルに電話。「もしもし、村まで来たんですがおたくの場所が分からないんです」「あら、今どの辺りかしら」。辺りを見まわすと墓地が見える。「墓の前です」「そう、じゃ、そこからもうしばらく走って…」。携帯持っててよかった。あと「墓」って単語知っててよかった。
●ホテルは思った通り素朴な田舎の農家って感じ。夕方階下に降りて、ここのワイン蔵で作っているワインを買いこむ。3銘柄9本。ここは僕が頼りにしている「WeinGuide Deutschland 2000」にも名前の載っている優秀な蔵で、ユリウス・エヒター・ベルグやカルプなど1級の畑も持っている。そのまま外に出て晩メシを食べたが、さすがにドイツメシのレストランしかなくキツい。でも街並みは可愛らしく、城壁もよく保存されてて悪くないところです。
●あ、そうそう、で、そのワイン蔵兼ホテルというのは、Weingut-Winzerhof Johann Arnold(Tel.09323-89833)、1泊105マルクだった。この日の走行距離は382km。

2000年3月20日(月)

●快晴。朝メシを食べにホテルの食堂に降りて行ったら(客は僕たちだけのようだった。そりゃまあそうか、このオフにね)、テーブルにサイン帳が置いてあった。サイン帳である。「卒業旅行にやってきた女子大生3人組で〜す」とかありがちな、例のあれである。む〜んと思いながらも一応書いてきましたよ、ドイツ語で(だって日本語だとおじさん読めないだろう)。興味のある人は赤ペン片手にこのホテルに泊まって僕の独作文を添削してきてくれ。
●ホテルをチェック・アウトし、昨日晩メシを食べるところを探したときに見つけたWeingut Johann Ruckというワイン蔵に寄ってここでも3銘柄7本を買う。ここは先のガイドではフランケンでも最も評価の高い蔵の一つ。予定外だったがたまたま買えてラッキー。
●その後ヴュルツブルグに戻って、昨日あたりをつけておいたBuergerspitalとJuliusspitalに寄って、2銘柄6本ずつワインを買う。この2軒はフランケンではもともと定評のある大手蔵である。昨日は日曜日でどちらも即売所が休みだったので(ただしBuergerspitalではワイン酒場で買える)、今日あらためて寄った訳だが、さすがに即売所も立派なショップである。場所は「歩き方」に載っています。
●そこから一路ミュンヘンを目指す。途中のサービスエリアで給油して昼メシ。2時間強のドライブで無事ミュンヘンにたどり着いた。ここでは中央駅の横っちょの近代的なホテルに3泊。
●夕方からSバーンでマリエン広場へ。この辺は出張だの何だので4、5回は来ているところなので不安もない。新市庁舎を外から眺め、高級食料品店のDallmayrでちょっと買い物をして、それから定番巨大ビア・ホール、ホフブロイハウスに入った。まだ6時過ぎだというのに、中は既にブンチャッチャである。名物の1リットル・ビールを飲み、白ソーセージを食べた。春分なので夕方でもかなり明るくなった。
●この日の宿泊はHotel Maritim、1泊320マルク。どっちかというとビジネス・ユースのホテルだな、この値段は。建物は新しくキレイで場所も便利だが、いかんせん中央駅の近くなのですぐそばにテーブル・ダンスの店があったりして周辺はやや猥雑。前を通るたびに気になって仕方ない。この日の走行距離は333km。

2000年3月21日(火)

●快晴。ホテルの朝メシが豪華。ビュッフェだがコンソメ・スープとスモーク・サーモンだ。どうだ。白ソーセージもあるぞ。
●この日は終日ミュンヘン観光。まず中央駅で市内交通の一日券を買った。これが一人だと9マルクなんだがパートナー・チケットだと13マルク。2人以上で一緒に行動するときはよく考えよう。自動販売機で買えます。
●まず地下鉄でオリンピック公園へ。BMW博物館を目指す。4気筒のBMW本社ビルの脇に置かれたお椀のような建物がそれ。駅からはまあ徒歩5分かな。入場料は5.50マルク。長いエスカレーターを昇ってらせん状の通路を降りながら展示を見る、というふれこみだったが、いつの間に変わったのからせん状の通路を昇って最後にエスカレーターで降りたぞ。どうなってんだ、いったい。しんどいぞ。日本語のパンフあり。展示は丹念に見れば結構時間もかかるが流せばすぐに終わってしまう。当たり前か。
●そこから歩いてオリンピック公園に入り、オリンピック塔に昇った。入場料5マルク。塔の高さは290メートルというからまあ東京タワーよりちょっと低いくらい。展望台は地上200メートルほどのところにあって、エレベーターで昇る。さすがに見晴らしはいい。オリンピック公園のすぐ脇にドイツらしからぬ団地群を発見したが、よく考えたらあれは1972年のオリンピックの時の選手村なのかも。そういえばアラブ・ゲリラがイスラエル選手団を狙撃したのもあのオリンピックの時だったよね。FCバイエルン・ミュンヘンの本拠地オリンピック・スタジアムもよく見えた。高倍率の双眼鏡を持ってくれば5マルクで観戦できるのでは?
●下に降りて食堂で昼メシ。ここで食べたケーゼ・シュペッツレが美味しかった。う〜ん、説明しにくいですが、シュペッツレというのは小麦粉を練ったものをお湯にポチョポチョ落として作る素朴なうどんのようなもので、それを炒めてチーズを絡めたものと考えて下さい。ま、昼メシにうどんを食べるような感覚ですな。
●ここからさらに地下鉄に乗り、今度はドイツ博物館へ。ここは工学系の人なら泣いて喜ぶのかもしれない壮大な機械博物館だ。疲れたので、中のひなびたカフェでゆっくりしてから展示をぶらぶら見た。ここは丹念に見ればそれこそ丸1日あっても終わらないが、流せばやはりそれなりで終わる。疲れてたからね。入場料は12マルク。
●いったんトラムでホテルに帰ってから晩メシを食べにもう一度外へ出た。これで1日券は元を取っただろう。ホフブロイハウスの向かい、庄屋という日本メシ屋でギョウザとチャーシューメンを食べた。いやあ、ドイツメシで弱った胃にはことのほか美味であった。この日もHotel Maritim。

2000年3月22日(水)

●快晴。この日はキームゼー観光。朝メシをすませてからクルマを出し、ザルツブルグ方面に1時間、の予定だったんだが平日のミュンヘン市内は結構クルマが混んでて市内から脱出するのに半時間以上かかった。キームゼー(キーム湖)はミュンヘンから100kmほど南東にある湖で、その湖に浮かぶ島にバイエルン王ルードヴィッヒ2世が建てたヘレン・キームゼー城が今日の目的地である。ルードヴィッヒ2世といえばあのノイシュヴァンシュタイン城も建てた築城王で、空想の世界に生き、数々の城を建てて王室財政を破綻させ、若くして謎の死を遂げた彼の数奇な人生に興味のある人はしかるべき文献をあたって欲しい(ヴィスコンティの映画「神々の黄昏」とかね)。
●島の対岸にあたるプリーンの街にクルマを停めて船に乗る。シーズン中はプリーンの鉄道駅から船の乗り場までおもちゃみたいな蒸気機関車が走っていて、今回もこれをあてにして行ったのだが、3月はどうもまだオフで運休中のようだったので船着き場までクルマで行った(駅から船着き場まではバスもある)。船は1時間に1本はあるって感じ。城のあるヘレンインゼルの他にフラウエンインゼルなどもまわる周遊コースがあるが、城観光ならプリーンとヘレンインゼルの往復10マルクでOK。
●10分ほどでヘレンインゼルに到着。しかしここの船着き場から城までが結構あるんだな、これが。15〜20分の歩きは覚悟した方がいい。城の内部は英語かドイツ語のガイド・ツアーでまわるが、ツアーは所要30分ほどか。入場料は11マルク。外見はそれほどでもないが、内装は豪華、というよりキンキラキンである。ふんだんに使われた色大理石、マイセンの陶製シャンデリア、直径8メートルの風呂、エレベーター式で階下の厨房からせり上がる食卓など、さすがにカネはかかっている。モデルにしたベルサイユ宮殿より広い鏡の間もある。しかし王はこの城の築城中に亡くなり、その時点で工事は中止されたために(なんせカネがないんだもん)、全部で70の部屋のうち内装ができているのは20部屋だけ、僕なんかはさっきまで見てたキンキラキンの部屋と裸の煉瓦がむき出しの階段の間の対比が面白かったけどな。
●プリーンに戻って遅めの昼メシを食べ、クルマでミュンヘンに戻った。土産物屋がことごとく休みで流れるボールペンが手に入らなかったのが残念。晩メシは今日もSバーンに乗って庄屋へラーメンを食べに行きました。Hotel Maritim泊、走行距離は往復でちょうど200km。

ええと、お恥ずかしい話ですが、この項の「神々の黄昏」に関するところ、僕は最初「ベルトリッチの映画」と書いていました。はむよさんから「『神々の黄昏』はヴィスコンティです」というご指摘を受けて訂正しましたので、ベルトリッチ、ヴィスコンティ両氏にお詫びするとともにここにログを残しておきます。ついでに、僕はこの映画、あんまり真面目に見ていないことも告白しておきます。はむよさん、どうもありがとうございました。(2001.3.10)

2000年3月23日(木)

●快晴。移動日。ホテルをチェック・アウトし、オーバーアマガウのリンダーホフ城に向かう。アルプスへ分け入るとまだ雪が積もっている。道路は除雪されてるし気温も高いので凍結の心配はないが、少し時期が悪ければ厳しいドライブだっただろう。ま、一応冬タイヤを装着してるが。1時間ほどでリンダーホフに到着。ここも駐車場から城まで10〜15分ほど歩く。入場料は8マルク。ここもくだんのルードヴィッヒ2世が建てた城で、存命中に完成した唯一の城である(ノイシュヴァンシュタイン城も未完成)。
●例によってドイツ語のガイド・ツアーで城の内部を見学(英語はテープ)。当初はここにベルサイユを模した宮殿を建てるつもりだったが、傾斜地で立地的に無理だということになり、しゃれた夏の離宮にしたという(で、ベルサイユはヘレンキームゼーに建てる訳だ)。その通り建物は比較的小規模で瀟洒なお屋敷といった趣だが、内部はキームゼーにも増してキンキラキン、全部で5キロの金塊を金箔にして内装したとか。食卓はここでもエレベーターでせり上がる。こんなところに住んだらさぞ落ち着かないことだろうと思うがまあ個人の趣味の問題かもしれない。
●ここには他にもルードヴィッヒ2世が造った人工の洞窟があり、そこには白鳥に曳かせたというボートが浮かんでいるという話で猛烈に見たかったが、ちょっと遠めだったので無理せずに帰ることにした。駐車場脇のホテルで昼メシ。普通のソーセージだけど普通に美味しかった。土産物屋で流れるボールペンを3本ゲット。
●そこからクルマでアルペン街道、ロマンティック街道を快適にドライブ。フュッセンの近くを通りかかったときにはノイシュヴァンシュタイン城も遠目に見えたし。午後3時頃には今日の宿泊地リンダウに到着した。だが、チェック・インしようとしたら「予約は取り消されてます」と言う。どうも予約受付のファックスに「2月10日までオプションをお持ちです」と書かれていたらしい。いや、そりゃオレもそれは読んだけどさ、その「オプション」は晩メシつきのパッケージのオプションだと思ってたんだって。ま、いいけどさ。どっちみちオフで部屋は空きまくってるんだから。
●という訳で一瞬ドキッとしたけど、受付のお姉さんも「ま、そういうこともあるわよね」みたいな感じで部屋を取り直してくれた。よかった。一休みしてから街を散策。リンダウはドイツとオーストリアとスイスにまたがるボーデン湖に浮かぶ差し渡し1kmほどの島(ドイツ本土とは橋でつながってる)で、街並みもキレイだ。ただ、よそから来るには交通が恐ろしく不便。観光客というよりはドイツ人の保養客向けといった感じかもしれない。
●晩メシは中華料理屋を見つけて鶏野菜炒めと炒飯を食べた。悪くなかった。宿はHotel Bayerischer Hof、1泊235マルク。この日の走行距離は270km。

2000年3月24日(金)

●数日続いた奇跡的な快晴もさすがにかげりが見える。この日はボーデン湖に浮かぶマイナウ島に渡るということで前日に船の便を確かめたのだが、リンダウからだと便数が少ない上に2時間半も船に乗らなければならない。そこでクルマでメアスブルグまで走り、そこから船に乗ることにした。メアスブルグの駐車場にクルマを停め、船着き場まで歩いて切符売り場のにいちゃんに「次のマイナウ行きは何時?」と訊いたら「あと5分だよ」と言われた。あとで時刻表を見たら、メアスブルグとマイナウの間の船も、オフの間はそれほど本数は多くなかった。乗れてよかった。
●で、マイナウというのはかつてドイツ騎士団が領有していた島で、現在では熱帯植物を移植した庭園の島として知られている。島が丸ごと私有地なので上陸料というか入場料が必要だ。メアスブルグからの船の往復と島の入場料全部込みで31.30マルクだった。しかし、この時期の花の島というのはあきまへんな。花なんか咲いてまへんがな。雨も降ってくるし。船が着いたのが11時過ぎ、帰りの船が12時で、それを逃すと次は14時30分。どうしようかなと思ったが、見るべきものもそれほどなく、島を一周散歩して結局12時の船でメアスブルグに帰った。
●メアスブルグは木組みの家並みが可愛らしい街だ。ここの目抜き通りのイタリアンでスパゲティの昼メシ。ツナのトマト・ソースだったが、すんごい量が出てきて驚いた。食べたけど。それにしても帰りはクルマの調子が悪かったなあ。どうもシリンダが1本死んでんじゃないかと思うくらい。今までもこういうことはあったけど、すぐに直ってたんだよな。ま、10万キロ超えてるから不具合が出るのも仕方ないが。デュッセルドルフに帰ったら点検に出そう。
●で、リンダウに帰り、街をぶらついてカネをおろしたり飲み物を買ったり。ここの市庁舎は壁一面にフレスコ画が描かれていてなかなかのもの。他にも港に立つライオンの像や新旧の灯台、火薬塔や並んで立つカトリックとプロテスタントの教会など、歴史の街らしい風情のある景色が多い。晩メシは昨日と同じ中華にしました。Hotel Bayerischer Hof泊、走行距離は往復で104km。

2000年3月25日(土)

●曇り。ホテルをチェック・アウトし、一路シュトゥットガルトを目指す。エンジンは昨日の不調がウソのようによくまわる。何なんだ。高速を乗り継いで2時間強でシュトゥットガルト近郊には着いたが、ここから目的地のメルセデス・ベンツ博物館を探すのに少し手間取る。ダイムラーの本社を目指して進んだのだが、ギリギリのところで交差点を一つやり過ごしてしまい、ちょっと無駄に走った。もうちょっと前から標示しといて欲しい。駐車場にクルマを入れ、そこからシャトルバスでダイムラーの本社工場の敷地に乗り入れる。5分ほど。電車で来ても同じところからシャトルバスに乗ることになる。
●ベンツ博物館は入場無料。見習え、BMW。最初の自動車から最新のF1マシーンまで数十台が並んでいる。興味のある人にはよだれの出るラインアップだろう。自動車として世界最速を記録した実験車や昭和天皇のお召しの自動車もある(菊の御紋つき)。受付で携帯電話のお化けみたいな機械を貸してくれる。日本語もある。展示品の表示板に描かれた番号を入力すると説明が流れる仕組み。これが分からなくて、気がついたときには既に順路も終わりかけ。もう一度まわるのもバカらしいのであきらめた。
●見終わってから1階のカフェでサンドイッチの昼メシ。もうちょっとちゃんとしたものが食べられればいいんだけどね。それにしても土曜日とはいえ結構な入場者。帰りのシャトルバスを待ってたら、ガイドツアーなのか何なのか、団体を相手に説明していたおじさんが、「最初の自動車」をおもむろに「これは今でもエンジンが動くんです。やってみましょう」とか言ってブルブルまわしちゃったんだよね。辺りにガソリンの臭いが漂う中、それでも最初の自動車のエンジンはきちんとまわっていた。いいものを見た。
●再びクルマに乗り、ハイデルベルグに向かう。最後の一泊。1時間半ほどで到着した。ホテルには午後3時頃チェック・イン。土曜日でお店が午後4時に閉まってしまうので、休憩もそこそこに街へ出た。ま、別に何か買い物をする訳じゃないんだけど。ハウプト通りを冷やかし、マルクト広場のカフェでビールを飲んだ。天気もよくなった。
●僕はこの街が好きだ。今回もリンダウから一息で帰るには距離がありすぎるのでどこかでもう一泊と考えたとき、今まで何回も来ているのに一度も泊まったことのないこの街で、と思ったのだ。いいですね、ここ。今回は行かなかったけど、ハイデルベルグ城のベランダから眺めるこの街の景色が素晴らしい。また来たい。
●で、晩メシはハウプト通りにある韓国料理屋でブルゴギを食べた。ここは寿司や刺身もメニューにあるが、そんなインチキなものを売らずに、きちんとした韓国料理屋で通せばいいのに、と僕は思った。でもたぶんドイツ人には寿司や刺身や天ぷらやすき焼きや照り焼きの方が通りがいいんだろうな。確かにドイツ人の客は寿司食ってたもんな。ユッケジャン・スープとブルゴギは美味しかったです。
●この街はさすがに日本人観光客が多いですな。
●ホテルに帰ったら、ブンデスリーガのダイジェストでレバークーゼン対フライブルグをやっていた。せっかく首位のバイエルン・ミュンヘンが引き分けたのに、こっちまでつきあいよく引き分けることはないだろう。シュートの本数が35対1で、どうして得点が1対1なんだよ。泊まったのはRomantik Hotel zum Ritter St. Georg、1泊350マルクだぜ、ベイビー。建物自体が歴史的な価値のあるものなので仕方ないかという感じ。この日の走行距離は374km。

2000年3月26日(日)

●曇り。朝ホテルをチェック・アウトして家路についた。この日はまたエンジンの調子が悪く、一昨日と同じ状態で家に帰り着くまでほとんど改善しなかった。結局帰ったのが昼頃、だと思っていたら今日からサマー・タイムで実は午後1時過ぎだった。何だよ、それはよ。最終日の走行距離は301kmでした。
●結局宿泊料は全部で1,885マルク、走行距離は1,964km、ガソリンは163.5リットルを消費して325.33マルク(12.0km/l)。1マルクは約55円くらいかな、今は。入場料等は時期によって異なる可能性があるので責任は持てません。ではまた。


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