2004.10.16 渋谷公会堂 「THE SUN」はいうまでもなく非常によくできたアルバムだが、このアルバムをひとつの作品として統合しているのはタイトル曲の「太陽」である。歌詞のどこにも「太陽」という言葉が使われていないのにもかかわらず、この曲はその生命への強い希求、ここにあり続けることへの焼けるような欲求のゆえに、そのタイトルにふさわしい熱と光をたたえている。この曲があればこそ、3年以上に渡ってレコーディングされたひとつひとつの曲が、それぞれに意味を与えられ、あたかもパズルのピースのように全体としてひとつのアルバムを構成することができたのだ。 だから、このツアーのテーマは、この曲をどう聴かせるかということであるはずだ。そして実際、ライブはこの曲を聴かせるために組み立てられている。 まず、「THE SUN」以前の曲を第一部で演奏し、休憩後の第二部ではこのアルバムからの曲だけをアルバムの曲順通りに演奏するという二部構成がその仕掛けのひとつである。これによってこれまでの作品と現在の佐野との連続性を示しつつ、後半では新譜に託されたメッセージをより明確に、よりストレートに提示することに成功している。「月夜を往け」で幕を開ける第二部は、アルバムをなぞりながらラストの「太陽」へと自然な流れを形成することができるのだ。 もっとも、ここでは第一部の選曲の潔さにも言及しない訳には行かない。「BACK TO THE STREET」がオープニングに選ばれたことの意味は明らかだとしても、いわゆる「代表曲」を巧みに避けながら、過去の曲を2004年型の佐野元春としてリアルに再構成することは簡単な作業ではない。特筆するべきなのは「ぼくは大人になった」と「また明日…」だ。かつては苦々しく響いた「A Big Boy Now」というフレーズが、今、驚くほど肯定的に聞こえるのは決して気のせいではないはずだ。 「また明日…」の演奏も素晴らしかった。アルバムではややムードに流れ強さに欠けるきらいのあったこの曲が、10年以上を経てしっかりと現実に根ざしたリアルなバラードへと成長をとげたと言っても過言ではない。この2曲の流れは、第一部のハイライトであると言えるだろう。 セットもこのライブの流れを作る大きな要素のひとつだ。アルバム・ジャケットを再現した大きな壁が背後にそびえ立つ第二部。10分の休憩の間にひそかに築かれたその壁に、幕が開いた瞬間まず嬉しいサプライズがあるはずだ。しかし、この壁の本当の意味が分かるのは「太陽」が始まってからである。まさに太陽を思わせる強い照明が壁に開いた窓から客席に向かって射しこむ。そしてラスト、曲のエンディングに合わせて壁が中央から左右に開き、一瞬の暗転の後、背後には幾筋かの白い雲も美しい青空が広がるのである。この視覚的な効果は大きい。これまでの佐野のライブの中でも出色の演出である。 しかし、何といってもこの曲の演奏の確かさがなければこうした仕掛けだけでリスナーを感動させることはできない。佐橋の力強い生ギターのストローク、アルバムで挿入されているストリングスを補うためにKyonが奏でる分厚いキーボード、それを切り裂くように古田がたたく驚くほどクリアなドラム、そうしたすべてが一体となって奏でる音の塊は、とても6人のバンドとは思えないほどの圧倒的な迫力でこのライブのクライマックスへとなだれこんで行くのである。アルバムを統合していた「太陽」は、ライブでも立派にその役割を果たしていると言っていいだろう。 この日、ツアーが始まってまだ2週間、3公演めということもあって、ライブの構成は初日の瑞穂スカイホールとほとんど同じだった。瑞穂では演奏されなかった「希望」が第二部で演奏されたのがセットリストとしては唯一の違いである。地元でのライブであり、事実上これから各地へのロードに出るキックオフに近い日程であったせいか、佐野のモチベーションも高かったように感じる。 瑞穂では歌詞が飛んでいるのが気になったが、渋谷ではそれは最小限に抑えられていたと思う。声については、もちろん一定の限界の中での話ではあるが、特に後半からアンコールにかけてかなり伸びがあったと思う。ただ、今回はあれっと思うほど音程が悪かった。おそらくモニターが出ていなかったのではないかと思う。特に歌い出しの音程が取れない場面が頻繁にあった。佐野はもともと歌が「上手い」アーティストではないが、今回はそれだけではないコンディションの悪さがあったように思う。 また、特に第二部の前半、PAのバランスが悪かったように感じた。低音が大きく出過ぎて、コーラスやリードのオブリガートがほとんど聞こえてこないことがあった。 瑞穂のレポートにも書いたことだが、アンコールの「アンジェリーナ」を除いては、ほとんど代表曲を演奏しないライブであった。そのようなクリシェに寄りかからず、新しい言葉で新しい約束を取りつけようとする佐野の姿勢が印象的だった。あとは、そのような佐野のトライアルを僕たちが受け止められるかということにかかっているのだと僕は思ったのだった。 2004 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |