logo 2004.10.2 瑞穂スカイホール


八高線の本数が少なく、箱根ヶ崎の駅に着いたときには既に5時半をまわっていた。ホールは駅から歩いて15分はたっぷりかかる距離であり、しかも小高い丘の上にあるため、最後はかなりの坂道を登ることになる。なんで初日がこんなところ、と悪態をつきながら荒い息を吐いてホールにたどり着いたときには開演の6時に近かった。

ホール自体は小綺麗で適度に傾斜があり舞台も見やすい。今日のライブは二部構成だという場内アナウンスがある。予定の時刻を5分ほどまわったところで場内の音楽が大きくなり、灯りが落ちる。大きな歓声が上がる。

黒いスクリーンの向こうから最初の曲の前奏が始まる。弾かれたように最前列の観客が立ち上がる。舞台の向こうから照明が当てられ、スクリーンにバンドのシルエットが浮かび上がる。この曲、間違えようもないイントロだけど、これは何だっけ、ええっと…。そう、「Back To The Street」だ。「僕はストリートに帰ってきた」という佐野の高らかな宣言だ。予想外ではあるが僕は深く肯く。佐野のメッセージが伝わる。

佐野は白いスーツ姿。「久しぶりに誂えてみたんだ」と笑う佐野。「So Young」、「Happy Man」、「ヤァ!ソウルボーイ」と立て続けに演奏する。第一部は「THE SUN」以外の曲を演奏するつもりなのか。バンドはいつものHKBだがサックスには山本拓夫ではなくボブ・ザング。ステージの背景は夜空の星を思わせるデコレーション。数曲終わったところで佐野は椅子に座り、アコースティック・ギターを抱えた。「ぼくは大人になった」、「また明日…」、「風の手のひらの上」と座ったままギターを弾いて歌う。

ここで再び椅子が下げられ、「99ブルース」、そして「インディビジュアリスト」。「15分後に」と言い残してバンドはいったんステージを去る。メンバーが皆、下手へ去ろうとするのに佐野だけが上手に去り、Kyonが両手を広げて笑いを誘った。時計を見ると7時前。45分から50分ほどの前半。やはり「THE SUN」からの曲は後半にやるようだ。

休憩の後、客電が落ちると、今度はスクリーンの背後から「月夜を往け」の印象的なアコースティック・ギターのストロークが聞こえてくる。スクリーンが上がると、バンドの背後には「THE SUN」のジャケットで見た、四角い窓の開いた壁が。そして佐野は真っ赤なスーツを着ている。「最後の1ピース」、「恵みの雨」と、アルバムの曲順そのままに演奏されて行く。

「恵みの雨」が終わったところでMC。そして「希望」をスキップして「地図のない旅」、「観覧車の夜」と続く。全曲やる訳ではないのか。「恋しいわが家」も飛ばして「君の魂 大事な魂」、「明日を生きよう」。「レイナ」と「遠い声」も演奏なしで、「DIG」。佐橋がギターをアコースティックに持ち替えたところで舞台は暗転、暗闇から「太陽」のイントロが流れる。

Kyonの分厚いキーボードを切り裂くようにとどろく、古田の驚くほどクリアなドラム。アルバムでの重厚な曲想が、たった6人のメンバーで見事に奏でられて行く。明るくなった舞台の背後では壁が左右に開き、その後ろから青空が広がる。ジャケットでは壁の上方に少しだけ垣間見えた青空だ。そう、あの壁の向こうはやはり抜けるような青空だったのだ。この曲は第二部は終わる。

鳴りやまない拍手に応えてバンドが再び姿を現す。「もっと歌ったり踊ったりしたいんだろ」というMCに続いて演奏されたのは「Bye Bye Handy Love」、「アンジェリーナ」。いったん引っ込んで再度のアンコールは「悲しきRADIO〜メドレー〜Welcome To The Heartland」。僕の記憶が間違っていなければ全部で21曲を演奏し、2時間余りのライブだった。佐野は何度も「ありがとう」と繰り返し、そしていつものようにマイクスタンドを客席に向けてステージを去った。ライブは終わった。

これがライブのあらましだ。曲目を見てもらえれば分かるように、「SOMEDAY」はおろか、「ガラスのジェネレーション」も「Young Bloods」も「約束の橋」も「Rock & Roll Night」もなかった。それについては賛否もあるかもしれない。でも僕には今日のライブはとても潔く、清々しく映った。「Back To The Street」から始まって前作までの曲を演奏した第一部、そして新作「THE SUN」の曲だけを収録順に披露した第二部。そこには佐野がこのライブに込めた明確な意図があり、僕たちに訴えかけたいことのはっきりとした輪郭があった。古い約束に寄りかかるのではなく、新しい約束を取り結ぼうとする佐野の意志と、そして自信がホールの空気を震わせていた。それを僕は潔い、清々しいと感じたのだ。

個別の曲では「ぼくは大人になった」の演奏が素晴らしかった。「ため息をつくのはもうやめよう」と歌う曲に「大人になった」とタイトルをつけざるを得なかった当時の佐野の苦しさが、今、ようやくこの曲を通して僕に伝わってきた気がした。「また明日…」も印象深かった。ツアーごとに「生き返る」曲があるが、このツアーではこれらの曲がそうした存在となるのかもしれない。

第二部の演奏はほぼアルバムに沿ったものだったが、アルバムでそれぞれの曲が持っていた細かいニュアンスが一部損なわれるのは仕方のないことだろう。問題はむしろそれを上回る一回性の興奮、かけがえのない共時性がそこにあるかということだ。その点では僕はどの曲にも確かなグルーヴがあったと思う。ただ、「観覧車の夜」はそのラテン調の曲想とは裏腹に、あまりに重く禍々しい演奏だった。この曲はおそらく10分以上のインプロビゼーションに合わせて頭の中が空っぽになるくらい踊り、汗だくにならなければその祝祭性の本質が見えてこないのだろうと思う。

また、「DIG」はアルバムでもそうだがやはり大味である感が否めない。それに比べれば、「最後の1ピース」、「恵みの雨」、「地図のない旅」、「明日を生きよう」といった曲のグルーブは見事だった。ただ、「レイナ」をやって欲しいという女性ファン、「希望」を聴きたかったというサラリーマンのリスナーはいるかもしれない。僕としては「遠い声」が聴きたかった。

そして「太陽」。先にも書いたが、この曲の演奏は圧巻だったと思う。Kyonのキーボードもよかったが、何といってもこの曲で最も素晴らしかったのは古田たかしのドラミングだ。そして佐野が、「気まぐれなオレたちが そこにたどり着けるように」と歌ったのもまた心に響いた。原曲の「気まぐれなあの人」では曖昧だった「たどり着く」主体が、実際には「あの人」でも「この人」でもよい、要は僕たち自身の話なのだということがそこで明らかにされたのだと僕は感じた。

とはいえ、これも佐野がとっさに歌詞を間違えただけかもしれない。というのも、結構歌詞の飛んでいる曲があったからだ。いちいち指摘しないし、それもライブの面白味のうちかもしれないが、いくつか耳に残ったのは事実だ。佐野の声に関しては、初期の曲のほとんどがキーを下げられ、ボーカルそのものに破綻はほぼなかった。ファルセットもほとんどなかった。高域の伸びが苦しいのは変わっていないが、その音域を前提としたボーカル・アレンジがされていて、全体に好感が持てた。バンドの演奏はシュア。前回のツアーでも感じたが、古田のドラムが見違えるほどシャープになったと思う。ボブ・ザングのサックス、フルートは抑制が利いていて確実だった。

いずれにせよ今回のライブは、ツアー初日ということもあってか、非常にテンションが高く、メッセージの明確なものになったと思う。涙腺を刺激するよりは、思わず笑みがこぼれるような、力強く前向きな佐野の意志。それは紛れもなくアルバム「THE SUN」で佐野が僕たちに届けようとしたものだ。この後、ツアーの中でそれぞれの曲の演奏がどう成熟して行くのかという興味もあるが、僕としてはこの日のライブだけでも非常に納得性の高いものであった。



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