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「THE SUN SUDIO EDITION」がiTMSでのダウンロード販売限定でリリースされた。このEPはアルバム「THE SUN」を補完するいわゆる企画ものではあるが、アルバム収録曲のロング・バージョン3曲の他、2曲の未発表曲を含んでいる。これらの曲は現在のところ、iTMSでダウンロードする以外に手に入れる方法がない。

我が国のインターネットの利用者は7千万人といわれ、ネットは既に標準的なインフラとなっている。ADSLなどの高速通信網でインターネットに接続するのもごく当たり前のことになった。しかし、それでもiTMSで佐野の音源をダウンロードするためには、まず一定のスペック以上のPCを所有しなければならず、それが一定以上の通信速度でインターネットに接続されていなければならず、クレジット・カードも保有していなければならず、iTunesもインストールされていなければならない。その上でiTunesを操作してiTMSから希望の音源をダウンロードするメディア・リテラシーが必要である。

その意味でインターネットはまだ特権的なメディアだし、iTMSでだけ音源を販売するということは必然的にそこからこぼれ落ちる人の存在を前提にしている。いくらネットが一般的なツールになりつつあるといっても、iTMSから音楽をダウンロードするのはレコード屋に出かけてCDを買うのとは違う。一定のインフラとリテラシーを要求する点で、いくらそのバーが低くなったとしても、それは本質的に特権的なのだと言わざるを得ない。このことを佐野はどう考えるのだろうか。

佐野はもともと音源をリリースするメディアに極めて自覚的なアーティストである。1984年には当時まだ珍しかった12インチ・シングルでダンス・ミックスを世界発売した。1985年にはカセットと本が融合した「ELECTRIC GARDEN」を小学館からリリースしているし、1986年には自らのレーベル「M's Factory」を立ち上げて音源の管理を始めている。1999年には「僕は愚かな人類の子供だった」のデジタル・アート・ピースをダウンロード販売したこともある。翌2000年のデビュー20周年にはいくつかの企画ものをインターネット経由で通信販売したし、2001年9月には今回正式発売された「光」のデモ・バージョンをネット上で無料配布した。スポークン・ワーズの作品をリリースするプライベート・レーベルとしてネット通販を中心とするGO4レーベルを立ち上げ、2004年には作品のCCCDリリースを嫌ってデビュー以来所属したエピックを離れDaisyMusicを設立している。

こうした佐野の活動を見れば、マック・ユーザでもある佐野が、今回iTMSのオープンに合わせ、自らの音源を新しいチャネルでリスナーに提供したいと考えること自体はむしろ極めて自然なことだと言えるだろう。そしてそのこと自体に異を唱える人はないと思う。問題は、それがiTMS限定であることであり、ここでしか手に入らないというプレミアムがついていることだろう。

かつて佐野は、インターネット通販での音源リリースについて、それはアーティストとしての自衛手段だと語ったことがある。「僕は今はまだエピックというメジャーレーベルの所属アーティストとして作品を発表しているけれど、そういう後ろ盾なしに自分の作品をみんなに届けて行こうと思ったら、やはりインターネットだということになると思う。そういうチャンネルをきちんと整備しておこうと思ったんだ」と。佐野は、レコード会社を通じたリリースよりもインターネットの直接性、双方向性にメディアとしての優位性を見ているのではないか。

僕自身はプラスティック盤に焼きつけられケースとブックレットが付いたCDというパッケージに執着があるし、ダウンロードしてもCD-Rに焼いたりする人が多くを占めるようでは、ダウンロード販売がすぐにCDを駆逐してしまうとは思えない。きちんとした音質で音楽を聴きたいというニーズは残るし、だれも彼もがPCやiPodで音楽をデータとして管理するようになるのはまだ先の話だろう。ダウンロードとパッケージが併存し、アイテムとしての保管にはパッケージを、1曲だけすぐに聴きたいとか試聴のためにダウンロードを、という使い分けができるようになるのがあるべき姿なのだと思う。

また、パッケージによる現物のディストリビューションでは採算の見込めないマニア向けの企画盤などをダウンロードだけで販売するようなことも考えられるだろう。同じ音源でもCDだけ、ダウンロードだけにボーナス・トラックなどのプレミアムをつけるアイデアもあるかもしれない。僕のようなマニアックなファンにはフォローするチャネルが増えるのは頭の痛い話だが、同時に興味深く楽しみでもある。

そのように考えれば、今回の佐野のようにアルバムのアウト・テイクをダウンロードのみで販売するというアイデアは、むしろ今後の動きを先取りし、ダウンロード販売の可能性を示唆する方法論なのかもしれない。しかし、それに対しては佐野自身からメディア・リテラシーや経済的なものも含めた広い意味でのメディア・アクセサビリティに関する考え方を一度きちんと説明する必要があるのではないだろうか。「何を使って聴くかは個人の自由。聴く人がいるところには僕の音楽を届けたい」という佐野の発言は、インターネット・メディアから取り残された人、インターネット・メディアを敢えて使わない人にも等しく届くものでなければならないのではないか。

総じて、チャネルが増えることによる選択肢の拡大は歓迎すべきことだし、チャネルごとに価格や商品の特徴が出ることは否定しないが、例えばオリジナル・アルバムは必ずCDでも発売する、別ミックスや別バージョンはともかく、特定のチャネルでしか手に入らない曲ができないようにする、などの配慮があってしかるべきだと思うし、その基準はファンを含めた広い議論の中で確立されて行くべきものだと僕は考える。



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