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このアルバムで佐野が繰り返して使っている言葉のひとつが「残酷」だ。例えばこんなふうに。

こんな残酷な夜を包む
夜明け前のチェット・ベイカー

あるいは、こんなふうに。

思っていた以上に
残酷な景色さ
憎しみと嘘に撃たれて

さらにはまた、こんなふうにも。

あまりにも残酷な
さよならがそこにあって

そういえばかつて佐野は、「リアルな現実 本気の現実」という曲を書いた。現実なんだからリアルなのは当たり前なのだが、それでもそれをさらに「リアルな現実」と表現せずにはいられないくらい、容赦のない、むき出しの、本気の現実に僕たちが直面しているということを、佐野はユーモラスに語って見せた。そういえばこの曲の英語タイトルは「Stark Reality, Reality For Real」だったっけ。

このアルバムで佐野が語る「残酷」はそれに近いかもしれない。僕たちの無根拠なセンチメンタリズムなんて一瞬で吹き飛ぶような、そんな容赦のない現実がそこにある。

「地図のない旅」は多義的な曲だ。優れたロックがみなそうであるように。ただのラブソングにも見えるし、世界のどこかで今日も繰り返される内戦やテロのことのようにも聞こえる。「あてのない旅をして どこにたどり着いたんだ さまよう君の魂 今日も」。そこにあるのは「思っていた以上に残酷な景色」。僕たちが想像もしなかった、こんなことになるとは思いもよらなかった「残酷」な景色に僕たちは息を呑む。それが僕たちの「地図のない旅」の行く先なのか。

ここで胸を打つのは、それがどんなに残酷で困難な世界であろうとも、そこに足場を定め、そこで自分が生きる意味を探そうとする佐野の意志であり、決意であり、視線だ。そう、ここで生き延びるためには、僕たちはまずここがどんな場所か知らなければならない。そこにあるものを真っ直ぐに見つめなければならない。それがいくら残酷で、正視に耐えない醜悪な景色でも。それがどんなにちっぽけで、取るに足りない自分自身の写像であったとしても。

佐野が問題にしているのは「強さ」だ。僕たちはたやすく打ちひしがれる存在であるがゆえに力を希求する。自分の中の弱さを知っているから強さに憧れる。強く、強くと自分に言いきかせながら毎日をロールオーバーし、この残酷な世界の片隅に自分の居場所を確保しようとする。そこで何かをよりどころに生き延びようとする。「さすらう君の魂 強く 強く」。残酷な世界で生き続けることの根拠、そこで自分の存在を肯定するための手がかり、そんなものを僕たちは両手を伸ばしてつかもうとしている。

残酷な世界に立ち向かえる力、それは僕たちの日常の中にこそあるというのがこのアルバムで佐野の提示する基本的なテーゼのひとつだとするなら、それを探し出すのは僕たちに委ねられた大きな責任なのかもしれない。



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