logo ロックよ、政治的であれ


政治的である、ということと、党派的である、ということは違う。

この「THE SUN」というアルバムは明らかに9・11から始まっている。あの日、僕たちの精神は深く揺さぶられた。崩れ落ちたのは世界貿易センタービルだけでなく、僕たちが根拠もなくその自動性を信じて疑わなかった日常の基盤のようなものもまた、あの日、繰り返される特撮のような映像を見つめる僕たちの中で音もなく瓦解していった。

佐野は「光」という曲を書き、ウェブを通じて全世界に配信した。この曲については別に書いたものがあるのでそちらを参照願いたいが、この曲を聴けば僕たちの精神があの日、あの時、どんなに大きな危機に瀕していたかということが分かるだろう。そして佐野はロック・アーティストとして考え得る限り最も誠実な方法でその精神の危機に対峙しようとしたのだった。

その「光」はこのアルバムに収められていない。しかし、あの曲で佐野が指し示した、僕たちの精神の危機をどう僕たち自身の生の内奥に回収するかという問題は、疑いもなくこのアルバムのテーマとして継承された。そのことは初回盤に付属しているレコーディング風景のDVDを見れば分かるだろう。そしてそのテーマを佐野が形のあるものにするには長い時間が必要だったのだ。

9・11の前、アフガニスタンもイラクも、イスラエルもパレスチナも僕たちには遠い問題だった。世界のどこかで毎日のように内戦やテロが行われているというのに、それはどこか遠い国で起こっているテレビの中のニュースに過ぎなかった。しかしあの日突如として僕たちは悟った。それは僕たちのこの日常、明日の会議や今夜の晩メシとそのまま地続きなのだと。なぜならそのテロが秘めていた恐るべき憎悪、目もくらむような悪意は、確実に僕たちの何不自由ないマテリアル・ライフにこそ向けられたものだったのだから。

困難なのは、僕たちがそのようなマテリアル・ライフに個人的な疑問を感じたところで、僕たちは既に勝手にそこから「降り」たりできないほどそこに否応なく組みこまれてしまっているということ、つまり、僕たちは生きてここにいるというだけで政治的な存在だということなのだ。「人間は政治的な動物である」と言ったのがだれだったか忘れたけど、ヒトが二人以上集まって生活するところには必然的に社会が発生し、そこには力関係や上下関係が生まれる。そうしたすべての力関係や上下関係こそが「政治」であり、そうであれば人間はだれもかれも本来政治的でしかあり得ないのだ。

我が国では政治的といえば党派的であるということと考えられやすい。右だとか左だとか、革新的だとか保守的だとか。しかし、政治的であるということと党派的であるということは明らかに違う。政治的とは首相の靖国神社参拝に賛成だったり反対だったりすることではなく、「君が代」が演奏されるときに起立するかどうかということでもなく、サエキけんぞうが公式サイトの評論で指摘しているとおり、自分がそうした問題のひとつひとつ、つまりこの世界や状況とどういう関係にあるのかを考えるということに他ならないのだ。

そうした意味で、「THE SUN」は政治的なアルバムだ。CDを取り出したときに表れる「日の丸」。佐野はここで「日の丸」を愛せよと言っている訳ではない。9・11と僕たちの日常が地続きであるならば、その間には間違いなく「国家」というものが横たわっている。僕たちは毎日国家とコミットしながら生きている。そのことを君は知っているのか、そのことを君はどう考えているのか、と佐野は問うているのだ。「我住む地を想う」とそこには書かれている。僕たちが今、この日本という国に住み、日本人として日本語を話しながら生活するとき、そのこと自体が既に政治的であると佐野は指差しているのだと僕は思っている。

「国のための準備」。佐野がテレビ番組でこの曲を演奏したとき、司会のコメディアンは「『国のための準備』って何をしたらいいんですか」と冗談で質問したが、それは実際正鵠を得た発言だったのだ。「国のための準備」とは何なのか、僕たちが否応なくそこに関係づけられている「国家」に対して、僕たちはどんな何をすればいいのか、この曲はそれをこそ僕たちに突きつけている。僕たちが僕たちの存在自体の政治性に気がついているのかがそこでは問われているのだ。

僕たちの存在が政治的である以上、そして一方でロックが僕たちの日常と深く関わるものである以上、ロックもまた政治的でない訳には行かない。優れたロックとは常に政治的であるべきだし、また実際そうであった。そしてこの「THE SUN」というアルバムも、そうした政治的なロックの系譜を受け継いで行くものだと僕は思うのだ。



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