Stones and Eggs
12枚目のオリジナル・アルバム。先行発売シングル「だいじょうぶ、と彼女は言った」を収録。またシングルのカップリングだった「驚くに値しない」のオリジナル・バージョンも収録している(シングルにはオーディオ・アクティブ・リミックスを収録)。「シーズンズ」は、猿岩石に「昨日までの君を抱きしめて」として提供した曲(歌詞を一部変更)。 アーシーなアメリカン・ルーツ色が濃かったウッドストック・レコーディングの前作「THE BARN」を経て、本作で佐野元春は再びホーム・グラウンドの東京に戻り、ロックの最前線に対して直接的なコミットを続けて行く意志を露にした。この作品で佐野は、アルバム「VISITORS」以来試みていなかったラップ、ヒップ・ホップに再び取り組んでいる。それはおそらく、ドラゴン・アッシュというロックの文脈においてヒップ・ホップを再構成するニュー・キッズの出現が佐野を刺激したからであろう。「GO4」で佐野はそうした系譜を強く意識しているし、実際、この曲をドラゴン・アッシュの降谷建志とBOTZのリミックスに委ねている(「GO4 Impact」)。 もっともこうした試みのすべてが奏功したかどうかは疑わしい。このアルバムでの佐野の言葉遣いの一部は明らかな紋切り型に堕している。かつて佐野はたとえ日常の手垢にまみれた言葉でも、それを注意深く拾い上げ、その内実を再検討し、まったく新しい輝きを持った言葉としてロック表現の中で再解釈するのを得意としたが、ここでは言葉のステロタイプにそのまま依拠した不用意な言葉遣いが目立つ。「驚くに値しない」はアルバム「VISITORS」からポエトリー・リーディングへと引き継がれてきた佐野のビートと言葉に関する企ての新しい試みとして興味深いが、アルバム全体としては課題を残したと言うべきだろう。 このアルバムには、もう一つの側面もある。80年にデビューして以来、佐野は常にロック表現の最前線に立って闘い続けてきたし、僕たちもそれを支持してきた。デビュー20周年を前にし、このアルバムの制作にあたって、佐野はファンが佐野に何を求めているのかを考えてみたという。その結果、このアルバムには、前述のようなヒップ・ホップ・チューンと並行して、非常にオーソドックスなポップ・フォーマットにのっとった、フォーク・ロック・ナンバーが何曲か収められることにもなった。一部の楽曲を除いてこうした傾向の曲は概ね高い水準を保っており、中には今後スタンダードになって行くことを予感させるものもある。 こうした異なった要素を統合し、アルバムをトータルにまとめあげて行くべき役割は、本来タイトル・チューンの「石と卵」が負うべきものであった。この曲が佐野の「現在」をもっとビビッドに切り取るものであったなら、このアルバムはいくつかの異なるモメントを内包しながらも、佐野のさまざまな側面を際立たせるものになり得ただろう。しかし、この曲がどちらかというとムーディに流れ、リアルさを獲得し損ねたことが結局このアルバムを散漫なものにしてしまった。それはこの曲のボーカライゼーションにも大きな問題があると思う。終始ファルセットで歌われるこの曲からは、「ここに生きている」という佐野のメッセージがリアルに伝わってこないのだ。この曲はファンとの新しい約束、新しいコミットメントになり得た曲だけに残念だ。 結局、アルバム全体としては、20年にわたる自らの音楽活動をいったん総括し、ファン・フレンドリーな作品を作ろうという佐野の意図もあって、非常にワイドレンジでかつプライベートな色彩の濃い作品になったと言うことができる。しかしながら前述のように全体を統合するべき楽曲のキャラクターが今ひとつ明確でなかったこと、歌詞やサウンドプロダクション全般に「作り急いだ」感が強くもう一段の熟成が欠けていることなどから、完成度という意味では決して満足のできる作品ではないと言わざるを得ないだろう。 個々の楽曲としては、本源的な孤独や苛立ちを踏まえてそれでも前進する意志を明らかにした「だいじょうぶ、と彼女は言った」、ビートルズ・イディオムを大胆に取り入れながら白日夢のようなクレイジーな幻想を歌う「君を失いそうさ」、アウトロにかぶる「シャララ」がすべてを説明する「シーズンズ」、そして先の「驚くに値しない」などが高く評価できる。「メッセージ」は位置的には重要だが、楽曲としては安っぽいシンセのイントロも含めてもう少し作りこむ余地があったと思う。 1999-2021 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |