流氷観光はお早めに?
2月のとある週末、私はカメラ好きの友人と1泊で流氷観光に出かけて来ました。道外の方には驚かれるかもしれませんが、私は北海道の東部に生まれたにもかかわらず、一度も流氷を見たことがありませんでした。しかしそれは特別なことではなく、今回同行した友人たちも皆、流氷を見るのは初めてでした。以前は今ほど流氷が観光資源という意識が薄く、また釧路から網走までは夏でも車で3時間前後かかるのです。まして冬の寒い時に行くのは結構思い切りがいるもので、以前から一度は流氷を見てみたいと思ってはいたのですが、なかなか実現させられずにいたのです。今回は友人と盛り上がり、ようやく念願が叶うことになりました。
1日目は朝9時に家を出ました。しかし数日前から天気予報は最悪で、その通りの曇天でした。友人宅に寄り北へ向け車を走らせましたが、市街地を抜けるとさらに天気は悪化し、空は元より右を見ても左を見ても真っ白です。途中、普段なら釧路湿原の中にあるいくつかの湖が見えるはずの道も、全く見通しが利かず、道のすぐ側まで湖があることをわかっているだけに恐怖心さえ覚えました。その後も、一部を除いてはずっと雪が降り止むことはなく、結局峠も横殴りの雪の中を越えることになりました。
しかし、オホーツク海側の方に道を下って行くと次第に天候は回復しました。晴れるとまではいきませんが、周りが何も見えないというほどではありません。そして網走の町の手前にある涛沸湖の白鳥展望公園や海から一番近いと言われている駅などに寄り、網走の町には、夕方前に着くことができました。ところが、網走の中心街に向かう海沿いの道をずっと走っても、所々にカケラらしき氷の塊が浮いているだけで、流氷の姿は全く見えません。私たちはイヤ〜な予感を抱えながら、網走の町を抜けて次の目的地である能取岬を目指しました。
能取岬に到着し車を降りると、真っしぐらに海の見えそうな方向に歩いて行きました。柵が張り巡らされている所まで行くと、その先は断崖絶壁。眼下には、わずかに青みがかった灰色の海が広がり、岸の近くに少しだけ流氷が接岸していました。しかし、想像していた海を埋め尽くす流氷とは違い、がっかりしなかったと言えば嘘になりますが、それでも初めて見る流氷に十分感動し、写真を撮りながら柵伝いに灯台のある方へ向けて歩いてみました。
すると崖の淵が湾曲して窪んでいる所に、張り付くように凍った滝を発見しました。真冬になると滝が凍っているのを、テレビなどで見たことはありましたが、自分の目で見るのは初めてで、流氷だけではない冬の北海道が織り成す自然の美しさに驚き、強く感動を覚えました。また、その滝は恐らく海に向かって落ちていると思われ、夏にもう一度見てみたいとも思いました。
その後少しだけ天気が回復し、厚い雲の向こうに弱々しい太陽の光が見えるようになり、海も少しだけ表情を変えました。灰色の空と灰色の海はまるで溶け合っているようで、空から海にかけて同じような色になっているため、水平線を確認することはできません。しかし、それがかえって幻想的でした。
その後、能取湖の方に遠回りをして網走方面へ走り、網走湖畔のホテルにチェックインをしました。そして夕食後に、網走湖で行われているイベントに行ってみることにしました。会場に着くと、湖畔には雪像などが並んでいますが、凍結している湖上にはイルミネーションが飾られていて、ロマンチックな風情です。
しかし何より驚いたのが、寒くないということでした。もちろん氷点下の気温だとは思うのですが、防寒を十分しているにしても、本当ならもっと寒いはずです。今年は日本全国、記録的な暖冬と言われていて、それは北海道も例外ではありません。いくら一年のうちで一番寒い時期とは言え、「これだもの、流氷が来ないのも仕方がないか」と、少々諦め気分になりました。
2日目は今回の目玉である、流氷砕氷船オーロラ号と流氷ノロッコ号に乗る予定にしていました。
朝早くホテルを出て、まずは港に向かいます。しかしホテルの近くは薄日がさしていたにもかかわらず、網走の市街地に近づけば近づくほど、天候が悪化してやや吹雪いているような天気でした。再び嫌な予感を抱きつつ、港のターミナルで乗船の手続きを取ろうとすると、係の人から流氷が来ておらず、天候も悪いために流氷を見ることはできない可能性が高いが、それでも乗船しますかと尋ねられました。しかし、他に空いている便がないことを知っていたので、それを了承しチケットを購入しました。
船が出港しても、天気は変わらず視界は悪いままです。それでも港を出て、前日行った能取岬の近くまで行くと、晴れていて青空が見えました。そして、「水平線の方に見える白い層が流氷の本体です」との船内アナウンスが流れました。よく見ると、確かに水平線ではない、白い線が見えます。しかしそれは、言われなければわからない程度のもので、この時ばかりは今年の暖冬を恨めしく思いました。
結局流氷らしい流氷をを見られないまま「流氷砕氷船」を降り、次に網走駅へと向かいました。
網走駅は思っていた以上に小さい駅でしたが、駅舎の中はノロッコ号に乗るのを待っている観光客でごった返していました。
網走駅を出発し街を抜けると、私たちが前日通った所を逆に東に向かうことになりました。でもやはり、海が見えても流氷は見えません。ただ、ガイドの方によると斜里の方で見られるかもしれないとのことです。天気も回復し、私たちのわずかな期待を乗せて、ノロッコ号は東へと走り続けました。
そして、網走を出発してから1時間弱。窓の外に、待望の流氷が見えて来ました。青空の下、紺碧に輝く海が、徐々に氷で埋められていきます。その奥には知床半島の山々が、雲の中に見え隠れしています。車窓から眺めるその景色は、まるでテレビで見る映像のようでした。しかし、流氷を見ることができたのはわずか5分程度で、私たちは消化不良のままノロッコ号を降りることになりました。
網走に戻った私たちは、どうやら斜里の海岸なら流氷が見られそうだということで、多少スケジュールを変更して、車で斜里へと向かうことにしました。途中、海沿いの国道を走っていると、遠く知床の山々が海に浮かんでいるかのように、雪を抱いた青い姿をぽっかりと現しました。
さらに涛沸湖沿いの国道を走っていると、後部座席に座っていた友人が「あっ、オオワシだ」と、甲高い声を上げました。オオワシはオホーツク海地方でもこの時期にしか見られない天然記念物で、猛禽類では国内最大と言われているそうで、体長は1メートルにもなる大型の鷲です。
慌てて路肩に寄せた車から降りて見ると、なんと国道からわずか20〜30メートルほどしか離れていない電柱の上に、デンッ!とオオワシが羽を休めているではありませんか。私は思わず「カラスじゃないんだから」と少し滑稽さを覚えましたが、それはかなり貴重な体験でもありました。近くを車が通ろうが、私たちがカメラを向けようが、オオワシは首を動かすだけでビクともしません。
それでも10分ほど過ぎた頃でしょうか。威風堂々とはこういった風情を言うのかと見ていると、オオワシは海の方へと、羽を広げて飛び立って行きました。
その後、再び斜里へ向けて車を走らせていると、知床の山々や斜里岳がどんどん近づいて来ます。昨日の天気は何だったのかと思うほどの冬晴れの下、白い雪原の向こうに広がる青白い山々は、北海道の雄大さを満喫させてくれます。
そしてようやく斜里に到着しました。しかし道路地図上では、海辺を走る道路が見当たりません。カーナビのない我が家の車で、縮尺が十分でない地図と勘を頼りに走っていると、再び友人が「あっ」と声を上げました。慌てて車を止めると、左側に海の方向に向かって道があるのです。どうやら工事現場か何かのようで、恐る恐る入って行くと海が見えました。そして、その海は紛れもなく流氷に埋め尽くされていたのです。
皆で車を降りて海岸の少し高い所に走って行くと、わずかに水平線の辺りだけは海の青さが見えますが、あとは見渡す限り流氷です。私と友人は思わず、「流氷だ〜!」と大きな声で叫びました。
以前、流氷に埋め尽くされた海は静かだと聞いたことがあります。確かに波の音は聞こえず、晴れ渡った水色の空と、目の前には流氷がひしめき合う白と静寂の世界です。視線を右の方に動かすと、雪を被った砂浜とびっしり埋まった流氷の先に、知床連山が空と海を
隔てるように横たわっています。
私はこの風景が見たくて、ここまで来たのだと、2日間の最後の最後に見ることができた景色に感動と感謝の念を抱きました。
こうして私の流氷を求めてさすらった旅は、大団円を迎えることができました。しかし残念ながらこの2日間、強く感じたのは暖冬と地球温暖化という言葉でした。
暖冬と言われた冬は、過去に何度も経験しました。しかし、今年は本当に異常としか言えないことばかりで、流氷もその影響で接岸の日数も短く、氷自体も薄く小さいと言われています。
温暖化の影響で、流氷本体の南下も少なくなってきていて、地元では10年後には流氷が見られなくなるという声も、一部で挙がっていると聞きました。
北海道に住んでいると、冬の寒さは本当につらいものです。しかし、その厳しい寒さを乗り越えた先に、素晴らしい自然の感動があるのだということを、今回改めて実感することができました。それと共に、どうしたら少しでも地球温暖化のスピードを緩めることができるのかと、考えさせられる旅となったのです。
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