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ここ数日、ワイドショーを中心にマスコミの注目が集まっていることのひとつに、あるタレント夫婦の代理母出産問題があります。
妻である女性タレントは数年前、待望の妊娠と同時に彼女自身の子宮ガンが発見され、苦悩の末にその子の命と今後出産できないということを引き換えにする形で、ガンの摘出手術を受けました。私はその告白の記者会見を見て本当に気の毒だと思いましたし、同じ女性として他人事とは思えない悲しみを感じました。
そして彼女は、その会見の当時から代理母出産を望む気持ちをほのめかしていました。
その後実際彼女は夫とアメリカに数回渡り、何度かの失敗の後、今回子供が生まれたいう報道がなされました。しかも、日本の現在の法解釈では「出産をした人が母親」ということを基本に出生届が受理されるということで、この夫婦の場合女性タレントとは養子縁組をするしかないことを承知しているはずなのに、この二人の実子という形で出生届を出し、結局法務省の方で検討されることになったようです。

代理母出産に限らず、脳死後の臓器移植など、欧米では当たり前になっていることが日本ではまだ法律的に認められていなかったり、整備されていないことが結構あります。
でも私は「技術的にも問題ないし、欧米で当たり前になっているんだから」という感覚でナンデモカンデモ欧米に右習えというのは好きではありません。欧米では生活習慣そのものの根底にキリスト教による宗教的な理念と、欧米人ならではの合理主義というものがあります。しかしそういった考え方や感覚は、日本では育っていないのが現実だし、何よりも欧米が絶対というわけではないのだから、真似をしなければいけないということでもないはずです。
グローバルスタンダードなんてもう古い言葉になりつつあるのかもしれませんが、経済や通信などの面で国際的に統一するなり標準を合わせるなりするべきものはすればいいと思います。が、医療の倫理観に限らず、日本的あるいはアジア的な判断をしてもいいものも他にたくさんあると思います。
代理母出産も臓器移植も私個人の意見として賛成か反対かということではなく、もう少し公の場はもちろん、個々人が議論したり考えたりする余地があるのが日本の現状だと思います。

そんな「まだ中途半端な現状」の日本で、タレントという職業の人があれだけマスコミに登場し、しかもそこに至る経緯を考えれば同情を集めて当たり前という立場にいる人が、あのように堂々と本当は日本で認められていないことをアメリカに行ってまで実行し、それを日本で導入しようという一種広告塔のようなことをしてしまうと、どうしても多くの人は流されてしまう危険性があると思います。
しかも一連の報道の中で、同業者の仲間意識がそうさせたかと思いますが、ある司会者が出生届の問題に関して、「彼女だけはなんとか大岡裁きのようにならないもんですかね」といった内容の発言をしていました。発言をした当人は恐らく子宮ガンのことがあるからそのようなことを言ったのだろうとは思いますが、同じような例が全くないとは思えないので、取りようによっては「有名人は特別」という考え方と捉えられても仕方のない発言で、それでは法の下の平等という憲法の理念を蹂躙することになると言われても仕方がないと思います。
代理母出産にしろ、戸籍の問題にしろ、現状の日本において法律上認められていないものを、有名人だからとか特別な事情があるからといってゴリ押しすることが認められるはずがないし、認められていいとは思えません。日本が法治国家である以上、個々の法律の正否や運用が時流にかなっているかということ以前に、法律は遵守しなければいけないはずです。

それに子供を産むということは素晴らしいことですが、でも産めないのであれば、例えば里親になるとか、国の内外に恵まれない子供はたくさんいるのですから、そういう子供に何かしら支援をするとか、他にできることはたくさんあるはずです。
いつも彼女を見ると、「誰だって人生に不足はあるんだから、子供ができなくて悲しい思いをしているのは貴女だけじゃない。それ以外のことでも皆、何かしら悩みや辛いことを乗り越えてるのに・・・」と思ってしまうのです。彼女としては恐らく「自分と同じように不妊に悩む女性の選択肢を広げる手伝いをしたい」と思っての行動だろうということは理解できます。しかし、以前に会見で「何が何でも夫と私の子供を作りたい」といった趣旨のことを言っていて、どうしてもそこに彼女のエゴイズムを感じずにはいられません。
私は常日頃「人生はプラスマイナスゼロ」だと思っています。昔から「人生、山あり、谷あり」とも言います。そういった、時間軸でのプラスマイナスがゼロになるということもそうですが、例え自分で幸せだと感じている時でも何かしら悩みや不安があるのは、当然ではないでしょうか。
誰だって明るく振舞っていても、暗いものも抱えて生きている。それでも皆、一所懸命生きている、人間ってそういうものだと思います。

今回のことは、とにかく子供はもう生まれてしまったので、そのこと自体はどうすることもできないのは仕方がないですが、これを期に代理母出産についての法整備と、そこに至るまでにきちんと議論がなされることを希望します。そして、できれば多くの人が自分なりに考えて欲しいと思います。もちろん彼女のことに流されずに…。



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