logo 郵便局と牛乳


間もなく総選挙ですが、私は小泉首相の標榜する改革に少々疑問を持ち続けています。前回の国会でも「郵政民営化となれば勢いはいいが、他の改革の話になると急に原稿を読み出す」と揶揄されたように、彼の改革のエースはなんといっても郵政三事業民営化です。個人的な考えとしては、郵便局という一般庶民にとっては身近な問題より、看板だけ架け替えた旧特殊法人をもっと根本的に改革することや、天下りを禁止するなど、先にやってほしいことが他にいくらでもあります。
ただ、その改革の優先順位とは別に、郵政民営化には反対です。郵便事業という公共性の高い事業を完全に民営化すれば、いずれは弱者がしわ寄せを受けるからです。では、郵政民営化問題において「弱者」とは誰のことでしょうか。

私は北海道東部に住んでいます。この地方は夏も冷涼な気候で、地味もあまりよくないため、農業といえば一部の野菜農家を除けばほとんどが畜産業です。人口より牛の数が多いという町もあり、少し郊外に出ると牧草地帯が広がります。
春から秋はその景色も楽しめるものですが、冬ともなれば滅多に気温がプラスになることもなく、農村部に住む人の生活は大変な苦労を強いられます。まして、作物を育てる農業と違い、動物相手のことですから、一日たりとも仕事を休むことはできず、当然家を空けることもままなりません。かと言って、現代の都市部では酪農を営むのはほとんど無理なことです。広い土地が必要ですし、臭いなどの問題もあります。牛乳という鮮度が必要な飲料・原料ですから輸入も難しいですし、これ以上食品の輸入を増やすこと自体も反対です。
そして日本では酪農に限らず、不便な地域で作られている農作物は少なくないはずですし、他にも林業や漁業といった一次産業全体にいえることですが、今の日本はそういう所で生きている人達を少々軽んじているように見えることがあります。
もし、郵便局が民営化されたら、いずれはこういう地域への郵便事業が「間引き」されるのは目に見えている、それが私が最初に郵政民営化を反対するようになったきっかけです。しかし色々調べているうちに、郵便事業だけの問題ではないと思うようになったのです。

ある時、NHKの天気予報を見ていると、「南大東島」という地名を目にしました。聞いたことはあったのですが、どこにあるのかわからず地図で調べてみると、沖縄本島から東に300km以上離れた、まさに絶海の孤島でした(北大東島もあるので正しい表現ではありませんが)。そこに住む人達の生活を想像できないというのが、正直なところです。
言うまでもなく日本という国は島国で、しかも山がちな地形をしています。離島も多くあります。先ほど紹介した東北海道の酪農地帯や大東島諸島もそうですが、北海道の田舎や多くの離島、あるいは山間部では郵便局が「唯一の金融機関」であるという現実を知っている政治家、そして国民はどれほどいるのでしょうか。そして仮に郵政三事業が民営化されれば、そういう地域は不採算地域になることは火を見るより明らからで、それらの地域の郵便局が統廃合されないという保証はどこにもないはずです。
このリストラの嵐がようやく吹き止もうとしていても、まだまだ先行きに不安の残る現在、郵政事業を完全に民営化すれば、いずれは昔、国鉄の赤字路線が次々と廃止され、生活の足を奪われた多くの「田舎」に住む人達が味わわされたのと同じような思いをする人が再び出てくるのではないかと思ってしまいます。

では都会に住む人が何もかも、田舎の人のために犠牲になればいいのか。もちろんそうではありません。都会には都会の大変さやリスクが当然あります。
大切なのは、都会に住んでいるから、田舎に住んでいるからどちらが良いとか悪いとかいうことではなく、自分が普段認識していることは世界のほんの少しのことに過ぎないということを理解し、知らないことを知ろうとしてみる、あるいは想像してみることではないでしょうか。
無関心と想像力の欠如、それこそが今の日本のあらゆる問題の根底にあると思えてなりません。



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