logo 1998.4.11 渋谷公会堂


SCRATCHより親愛なるSilverboyへ 元気にしているかい?

1月の初旬から始まったこのツアーも、ついに「ツアーファイナル後のツアー」までやってきた。4月に入って行われる東京と横浜の2公演は、君も知っているように、佐野自身がインフルエンザに倒れなければ2月に済まされていたはずのものだ。佐野元春という人物はこういう時、待ち続けたオーディエンスに対するスペシャルなエクスキューズを決して忘れることはない。きょうも必ず、何か特別なプレゼントを用意してくるはずだ。

ステージに備えられたアナログプレイヤーから「逃亡アルマジロのテーマ」。このツアーではもっともスタンダードなオープニングだ。バンドの登場を待ち切れないように観客がどんどん立ち上がる。曲が終わり近くなるとメンバーが誰ともなくステージに姿を現す、というのがいつものやり方だ。だが、そろそろ出てきてもいいであろう頃になっても、きょうはなかなかメンバーが姿を現さない。曲が終わると同時に人影。しかし、なんと出てきたのは佐野元春ひとりだけだった。

アコースティックギターを持ち、かき鳴らし始める佐野。客席からは手拍子が起こるが、オーディエンスはまだ、この曲が何であるか測りかねている様子。そして佐野がマイクに向かう。

真夜中の扉に足をかけて この街のノイズに乾杯・・・

佐野の弾き語りによる「スターダスト・キッズ」。客席からの手拍子は増々大きくなったが、僕は手拍子することも忘れ、立ち尽くしたまま身じろぎもできないでいた。何故なら僕はこのライブの前にこんなことを考えていて、ある人には実際メールで書き送っていたんだ。「このツアーであと聴きたいのは"スターダスト・キッズ"かな。」なぜ僕が考えていることが佐野に判ったんだろう!…いや、僕にだってよく解っている。ただの偶然に過ぎないことぐらい解っているとも。でもSilverboy、まさかと思いながら想像していたことが目の前で起きてしまった僕の身になってみてくれ。僕の立場になれば、君だってきっと身じろぎもできなくなると思うよ。

自らの体調不良によってライブを待たせてしまったオーディエンスのために佐野は必ず特別なプレゼントを用意して来るだろうと思っていたが、そうか。これがそうなのか。見事だよ佐野。でも更に見事だったのはこの日のオーディエンスだ。

「真夜中の扉に足をかけて この街のノイズに!」「乾杯!」

曲の最後のリフレイン、何の打ち合わせも前振りもなかったのに、佐野の一瞬の呼びかけに会場の声がぴたりと揃ったんだ。まだ1曲めだというのに、まるでアンコールのようなノリの良さ。東京のノリは冷めているなどとよくいわれるが、なかなかどうして、きょうのオーディエンスは熱いぞ。これはいいライブになりそうだ。

2曲めはイントロでそれと判る「ジュジュ」。男性のファンが意外に多い曲だ。僕の周囲の男連中(今回僕の四方隣りはまたもや男性だった)からも大きな歓声が起こる。

そして3曲め。佐野がギターを弾きながら唄い始めたのは「欲望」。「これからどこへ行こう…」佐野を見つめる僕の視界の左右ぎりぎりいっぱいに何かがうごめき始める。右で動いているのはストライプのジャケットを着た佐橋佳幸、そして左に現れたのはシルバーベージュのスーツの井上富雄。

「きみが欲しい」このワンフレーズを合図にステージにさっと光がさし、ついにThe Hobo King Bandの登場となった。

この日のステージは、誤解を恐れずに言うなら、いい意味で「ノリ一発のステージ」だったように思う。バンドの演奏はとても迫力のある凄いものではあったが、大阪ファイナルから多少のインターバルがあったせいか、フレーズの端々などでは微妙にズレが生じていたように僕には感じられた。でも、この日のHKBは「細かいことは気にしない」と言い切って突っ走ってしまうある種の「がむしゃらさ」を持ち合わせていたんだ。

「ひょっとしてオレ、今カッティング1回多かった?でもいいよね?OKだよね?オレもみんなもこんなにノリノリなんだからさ」6人全員がこういう感じのノリで、多少の難があってもお構いなしに進んでいく。そしてそれに対するオーディエンスも、まるで「うん、問題ない問題ない」と即答するかのように、やはりがむしゃらに突っ走っているんだ。とにかく今はここにいることが、ここで演奏することが、こいつらと一緒にいることが何よりも大事。そういう一体感が会場の全てを包みこんでいた。これはある意味では、バンドとオーディエンスの「究極の両思い」状態だったのかもしれない。

ところで、大阪のファイナルステージには、ジョン・サイモンとガース・ハドソンという2人の巨匠が参加して場をおおいに盛り上げてくれた訳だが、この日の東京でもそれに負けないぐらい素敵なハプニングがひとつ起こった。

「あのね、今夜来てくれたみんなに紹介したい人がいる。」
何だなんだ、また誰か来るのか?ジョンとガースをナマで観てしまった今となっては、僕はもう誰が来たって驚かないぞ、と僕は思っていたのだが…。
「ちょうど、2階席の真ん中あたりにいるはずだ……大瀧詠一さん。」
佐野がさっと左手をあげると、1階のオーディエンスは一斉に佐野に尻を向け2階を見上げた。最前列の中央、恰幅のいいヨークシャー・テリアみたいに人なつっこい笑顔でステージ上の佐野に向かいグッと右手の親指を突き出しているのは、確かに大瀧詠一だ。前回だか前々回だかのツアーにも顔を見せていたと聞いたことがあるけれど、まさか今回も来ていたとは。あまり他人のライブに足繁く通う人ではないという噂だが、どうやら佐野元春だけは別口らしい。

「日本のポップ・ヒストリーで彼がどんな仕事をしてきたか、みんな良く知ってるよね。」
歓声と拍手で溢れかえる場内を制するようにして佐野が言う。
「もし、大瀧さんと会わなかったら、"SOMEDAY"のあのサウンドは無かっただろう。今夜、彼の目の前で演奏する。」
今更大瀧詠一に「SOMEDAY」を聴かせたいという話にはちょっと苦笑してしまう部分もあるけれど、まあいいさ。実際に大瀧と交流することなくしてこの曲は生まれなかったであろうことは衆目の一致するところだし、1998年というこの時代に佐野が、そしてバンドが、更にオーディエンスがこの曲をどのように捉えているか、大瀧に報告するのもいいかもしれない。それも有り、だ。それにきょうは「2倍返し」の振り替えライブだからね。

いよいよ2日後には横浜の大ラスがやってくる。横浜市民の名にかけて、大阪のファイナルに負けないいいライブにしてみせるよ。楽しみにしていてほしい。

それじゃ。また今度。


親愛なるSCRATCHへ メールどうもありがとう。

番外編らしいリラックスした雰囲気のライブだったようだね。最初に予定していたファイナルが終わってしまってから、キャンセルした公演の振り替えが残ってしまったというのもおそらく佐野やバンドにすれば妙な気分なんだろう。

「スターダスト・キッズ」のアコースティック、僕はいつだったかのツアーでやはりライブの冒頭に聴いたことがあった。その直前にエルビス・コステロの来日公演があったんだが、そこでコステロが弾き語りで多くのレパートリーを演奏したのが強烈に印象に残っていたので、佐野を見て、ああ、あれにあてられたなと思ったものだ(コステロの来日公演を佐野が見ない訳はないだろう)。

あとは横浜での最終公演。長い旅もついに終着駅にたどり着いた訳だが、僕たちもこのページのこれからについてそろそろ意見を交換しなければね。さいわいこの往復書簡を楽しみにしてくれている人たちも結構いるらしいから。ではまた。

Silverboy



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