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SCRATCHより親愛なるSilverboyへ 元気にしているかい?

「うーん、ベストの演奏じゃない…これはベストの演奏じゃない。ごめんね。みんなごめんね。本当にごめんね。」

最後の曲に差し掛かろうとする直前、佐野は唐突にマイクに向かうと、こう言って自分のこめかみをピストルで撃ち抜く真似をし、オーディエンスを驚かせた。

佐野は苛立っていた。ライブのかなり始めの方から、傍目に誰が見てもはっきりと判るほどの苛立ちを見せていた。ある曲では唄いながらまるで"違う、こんなんじゃない"と言いたげに何度も首を振り、またある曲では、やり場のない怒りを叩きつけるかのように、誰もいない空間に向かって吠え立てるように何かをシャウトした。そして、前述の発言の直前の曲ではついに、佐橋にイントロを引き延ばすように耳打ちして一目散にステージ袖へと駆け込んでしまったんだ。こんなに不快感をあらわにした佐野を見るのは久しぶりだ。HKB結成以来初めてのことじゃないかと思う。

音響は前日に引き続き依然として良くなっていなかった。ハウリングも決して少なくなかったし、佐野の声は反響のきついライブハウスにいるかのように聞き取りにくかった。それに対してコーラスの声はやけに大きく、時として佐野の声が翳んでしまいそうにすら感じる。きっとこの調子では、前日同様ステージ上ではみんな、自分の音も互いの音も聴こえていなかったのだろうと思う。佐野はマイクスタンドの位置をずらしてみたり、高さを変えてみたり何とかして状況を改善しようと試みるが、何をしてもビビッドな効果が上がらない。仕方なく耳をふさいで自分の音を確保しようとする佐野を勇気づけようにも、僕たちには手拍子と声援しか手段が無い。あとはハラハラしながら見守るだけだ。

状況は確かによくなかった。だがこの日、前日と決定的に違っていたのは、バンドの意思疎通が本当にしっかりしていたということだ。音響が至らない分は目やゼスチュアで確認しあいながら、メンバーそれぞれが互いの盲点をしっかり補い、少しでも状況をいい方向へもって行こうと懸命になっていたんだ。ある曲で佐橋の入りが半拍遅れたときは、小田原が素早く気づいてドラムを合わせることでリズムの食い違いを未然に防いでいたし、またある曲ではあやうく佐野が崩れそうになったとき、脇からKYON-西本のキーボードコンビが大音量でせり出して客の注意をひき、佐野のピンチを救っていた。そしてある曲では、佐橋のソロが始まると同時に佐野がギターを弾きながら小田原の脇へ、KYONがマンドリンを弾きながら西本の横へと移動していき、ソロに合わせてネックをぶんぶん振り始めた。それにすかさず井上が加わり、あの西本までもがオルガンを弾きながら立ち上がって上下に身体を揺らし始める。佐橋が振り返った時、そこには満面の笑みをたたえ、半円形に並んで佐橋に向かって一斉にシェイクする5人のメンバ−の姿があった。佐橋の笑顔はこの瞬間に最大規模となり、そしてその時、僕には6人の間につながれた強い信頼の糸のようなものがステージ上にはっきりと見えたような気がしたんだ。

佐野が客席に許しを請わなければと思うほど酷いことが重なったステージ。だが、そんな状況下で繰り出された数々の演奏は、奇しくもHKBというバンドのチームワークとすざまじいまでの底力を、僕らの目の当たりにまざまざと見せつけることとなった。そしてこの日、僕が他のどの曲にも増して大好きなこの曲は、今回のツアーどころかHKB結成以来最高の出来といってもいいくらい、もの凄い迫力をもって演奏されたんだ。Silverboy、この演奏はぜひとも君にも聴いて欲しかったよ。

小田原のカウントに続いて井上がベースパターンを刻み始め、KYONがピアノブースからステージ袖へと駆け下りる。だが、いつもならアコーディオンを構えて待ちかまえているはずのローディーの姿が見えない。足踏みをして催促するKYON。既にアコが入るタイミングにさしかかっているイントロは、佐橋がすかさずチョーキングのアドリブを入れてしっかりつなぐ。アコを持って走りよるローディー。

程なくアコのフレーズが聴こえ、何事もなかったような顔をしてKYONがステージに姿をあらわすと、佐野のカウントを合図にフロントの4人は何かを押し出すように一斉にステージ前端まで飛び出してきた。

「約束の橋」

「重い」この日のこの曲をひと言に集約しろというならば、僕は躊躇せずにこう言う。ハートランド時代の流れるような優しさとも、去年までのツアーでみせた歯切れの良い力強さとも違う、うねるようなグルーヴが曲全体を包み込んでいる。巨大な渦潮の中にいるよう、とでもいえばいいだろうか。重く大きく、それでいて飲み込まれてしまうと不思議なほど温かく肌触りがいい、そんな音の大波がステージ中をのたうちまわっているんだ。

基本的にハートランドのアレンジを踏襲しているためか、それともドラマ主題歌に起用されたせいなのか、この曲が演奏されることを「お約束」のように評しているファンも少なくない。だが、この曲は本当に「お約束」なのだろうか。僕にはどうしても、そうは思えないんだ。

骨組みは確かに昔から変わっていない。だがHKBに受け継がれた後のこの曲は、明らかにハートランド時代とは一線を画していると僕は思う。会場中をのたうちまわる、重く大きいグルーヴ。これは誰が何といおうとHKBのもの−Woodstockでの共同生活を経て、互いの呼吸を5感を超えたところで感じることができるようになったこの6人だからこそ出すことができるグルーヴなんだ。

ダディ柴田のサックスからスカパラホーンズ、佐野のハーモニカへと受け継がれてきた間奏のソロは、このツアーでは佐橋のギターとKYONのアコによるツインリードにバトンタッチされた。ぴったり並んで前端まで進み出る2人の呼吸には寸分の狂いもなく、ユニゾンで奏でられるリードのフレーズは大きく重いグルーヴの先頭に立って会場を突き進んでゆく。そしてこの日、ツインリードの上に佐野のこのひと言が乗ったんだ。

「シャラ、ラ、ラ、ラ、ラ」

その瞬間、身体の芯から何か熱いものがかあっと込み上げてくるような気がした。

ハートランド時代、この曲の間奏でダディのサックスの上に佐野のシャララが乗るその瞬間が僕は大好きだった。よく客席で一緒に唄った。佐野と一緒にシャララと唄い、"これからの君は間違いじゃない"と唱和することで、僕はいつもどうしようもない現実を何とか生き永らえる勇気をもらっていたんだ。だがHKBに継承され、力強く変貌を遂げたこの曲に佐野のシャララはなかった。それが単に"ハーモニカを吹きながらシャララと唄うのは不可能"という現実問題のみに因るものだったのか、それとももっとコンセプチュアルな含みがあったのかは解らない。でも僕は別に構わなかった。僕はHKBが演奏するこの曲が大好きだし、ツアーのたびごとに新しいテイストが加わっていくのもいつも楽しみにしていたからね。だけどその一方で、間奏のこの部分になるとついつい心の片隅でシャララと唄っている自分がいたのも実のところ、紛れもない事実だった。僕は心のどこかで待っていたんだ。HKBによる新しい「約束の橋」に佐野のシャララが再び乗る日を。今まで意識したことは無かったけど、ずっとずっと待ち望んでいたんだ。この時それがはっきりとわかった。そしてこの日の「約束の橋」は、僕の中でベストライブテイクといえるほど印象深いテイクのひとつになったんだ。

Silverboy、最後に君にぜひ報告しておきたいことがある。この日、特に活躍が目立ったのはKYONだった。うまくいかない成り行きに苛立ち、佐野が万事休すといった表情で後ろを振り返るとき、そこには必ず、目を爛々と光らせて「まかせとけ!」と言わんばかりに佐野に笑顔を返すKYONの姿があったんだ。メンバー全員の呼吸を確認するかのようにその顔を順繰りに見ながら全身いっぱいでピアノを、オルガンを、アコーディオンを、マンドリンを、ギターを普段以上のハイテンションで弾きまくる彼の姿は、ハリケーンの真っ只中にあるHKBという海賊船の舵輪をがっちりと握り、全員を励ましながら何とか窮地を脱出しようとする頼もしい操舵手の姿に他ならなかった。彼なしではステージが無事に終われたかどうか解らないくらい彼の活躍は大きかったと僕は思ってる。京都磔磔でデビュー前のボ・ガンボスを観たときからずっと彼に着目していた君の目に狂いはなかったよ。さすがだ。

次の名古屋ライブが行われる3月13日は、君も知っているとおり佐野元春の誕生日にあたる。人を祝うことを誰よりも好むくせに祝ってもらうことに誰よりも慣れていない佐野をHKBの連中がどう料理するのか、僕はとても楽しみにしている。君の分までしっかり見届けてくるつもりだ。

それじゃ。また今度。


親愛なるSCRATCHへ メールどうもありがとう。

「約束の橋」は僕にとっても思い出深い曲なんだ。会社に入ったばかりの頃、毎朝起き出して出かけるのが本当にイヤでしかたがなかったときに、毎日同室の先輩のCDラジカセでこの曲のCDシングルをかけて、自分を鼓舞するようにして出勤したんだ。

この曲はその後ドラマの主題歌になってヒットしたりして定番のようになった部分もあるし、だから今あえてこの曲を高く買うこともしないけれど(あまのじゃくなので)、キミのレポートを読んで、久しぶりに聴き直してみようかという気になった。

PAの問題は相変わらず解決していないようだけど、プレイアビリティが高く、メンバーの間の意志疎通もしっかりとれているはずのHKBであれば、きっとそこに何かの活路を見出すに違いないと僕は信じている。その辺のところをキミにもよく確認してきて欲しい。

この次は名古屋だね。西へ東へとご苦労様だけど、気候の不順な時期なので体調を崩さないように。

Silverboy

追伸 ドイツでミスター・ビーンを放映しているチャンネルを見つけた。金曜日の夜だ。もちろんドイツ語だろうけど、もともと会話はほとんどないということだから理解に困ることもないだろう。



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