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SCRATCHより親愛なるSilverboyへ 元気にしているかい?

僕がグリーンホール相模大野に着いたのは開場予定時刻から30分近く経とうとしている頃だった。普通ならそろそろ行列しなくても入場できるかな、という時間帯なのに、会場前は溢れんばかりの人でごった返している。開場が遅れていたんだ。「ステージのセッティングが遅れたため、開場が遅れています。」係員によるアナウンスが、拡声器を使って繰り返し行われている。でも感心なことに、不平不満をもらす奴はいなかった。みんな整列こそしていないが、せいぜい小声で連れと話をする程度で、大声を出したり係員に詰め寄ったりするようなことは皆無だ。これは同じファンとして自慢すべきことだと思ったよ。週末だったし、大人のファンが多かったのかもしれないな。

結局開場になったのは、当初の予定より40分も遅い時刻だった。みんな係員の事情説明もろくに聴かずに入口に殺到する。でも無理もないことなんだ。3日前の雪の日ほどではないにしろ、この日も相当寒かったんだから。係員の説明によれば、開場の遅れは「佐野元春本人がモニタースピーカーのコンディションに納得せず、調整に手間取ったため」とのことだった。更に場内ではまだ照明の手直しが行われているとのことで、ロビーまでは入場したものの、席へつくのは更に10分ほど待たねばならなかった。そんな訳で開演も当然おしてしまって15分遅れでステージは始まった。この15分を早いとみるか怠慢とみるか。Silverboy、君ならばどうみる?開場が40分も遅れたことを考えれば、僕は早い方だとみている。定時に開場しても当然のような顔をして10分、15分と遅れて出てくるミュージシャンが世の中にはざらにいる。それを思えば、佐野とそのスタッフはかなり良心的な方だと思うよ。またこういう時、佐野は必ずMCで「遅れてごめんね」という詫びを必ずいれてくれるのがニクいところだよな。

正直なところ、どの曲の話をしようか僕は迷っている。どの曲のことも話したいしどの曲のことも話したくない。僕は欲張りだから、感動したことを伝えたい気持ちともったいなくて話せない気持ちが交錯してるんだ。でも僕は君のコレスポンデントらしいから、その役割は果たさなくちゃいけないな。もったいないけど教えることにするよ。

「マナサス」

以前僕が君に言ったことを憶えているかい?僕は君にこの曲のことを「アルバムの中で最も20才前後の若い連中の支持を得にくいだろう」と言った。だけど僕はこの言葉をもしかすると撤回しなくちゃいけないかもしれない。

ライブにおけるこの曲は、アルバムにも増してストレートな楽器編成で演奏されている。西本がオルガンを弾き、フロントには佐野、佐橋、KYONと3台のアコースティックギターが並ぶ。井上はウッドベース。いわゆる"Unplugged"ってやつだ。小田原はドラムを使わず、数種類のパーカッションを巧みに操ってリズムをつくる。そこに客席の手拍子がぴったり重なると、これ以上ないほど優しくて強い絶妙なリズム隊が出来上がるんだ。

無駄なもの一切を省いた演奏(それには一体化した客席の手拍子も当然含まれる)。そして、その上になめらかにのる佐野の凛とした歌声。

"名前のない場所まで 奇跡を夢見て 君を呼ぶ"

アルバムでは佐野が弾いたらしい間奏のリードは、ライブではKYONによって奏でられている。そしてそのあとに、佐野と佐橋がユニゾンでつま弾くリードパートが続く。佐橋が持つ少し小振りのギターは、客席まで木とニスの匂いがしてきそうな、遠目で見ても新品と判るシロモノだ。おそらく昨年のツアー中に発注したというオーダーメイドのギターだろう。2人がステージの中央で向き合い、お互いの呼吸を確かめるようにしながら一音一音丁寧に奏でるリードは、とてもシンプルで簡単なフレーズだ。しかしそのフレーズがHKBの的確なバッキングに支えられると、どんどん会場の空気を澄み切ったものにしていくように思えるから不思議だよ。

"隠された道がみつかるまで そのままずっと目をさましていておくれ
名前のない場所まで 奇跡を夢見て 君を呼ぶ"

佐野がWoodstockの森の中で作ってきた曲「マナサス」。夏の盛りのことを唄っているはずのこの曲が、しんしんと寒い日本の冬の夜にこんなに美しく響くのは何故なんだろう。特別なものは何もない。特別なことは何もしていない。ただ、そこにあるのは限りなく生楽器に近い楽器ばかりを用いた何の飾り気もない演奏と飾り気のない歌声、そして手拍子という客からのストレートな反応。たったそれだけのものが何故、こんなに素敵なんだろう。いつも"僕は奇跡なんて信じない"と言い切っている佐野がつくった奇跡の世界だ、と僕は思ったよ。君は大袈裟だと言って笑うかもしれないけどね。

実は横須賀でこの曲が演奏された時、僕の真後ろにいた20才ぐらいのお嬢さんたち3人-「モトハルーッ!!!」って金切り声を何度も、しかも曲中でも構わず張り上げるので僕は閉口していたんだが-この曲が終わった瞬間に「かっこいいじゃーん!!!!!」って言ったんだ。君の言う「クソガキども」の音感もまんざら捨てたもんじゃないようだぜ。僕も以前の発言を撤回すべきだろうな。

次は1週間後に府中の森芸術劇場というところへ行こうと思っている。ここは何を隠そう、僕が初めてKYONを観た場所なんだ。彼はその時あるバンドのツアーサポートをしていたんだが、はっきり言ってそのバンドをすっかり喰っていた。正式メンバーでもないのに、彼のいる方へいる方へと目を持っていかれてしまうんだ。アコーディオンを弾きながらバンドのメンバーをその後ろに全員従えて、ステージ狭しと行進して歩くその姿に僕は「日本の鍵盤弾きにもこんなファンキーな奴がいたのか」と度胆を抜かれて、いっぺんで大ファンになってしまったのさ。思い出の場所で彼と再会できるのが本当に楽しみだよ。

それじゃ。また今度。

追伸:
HKBは今夜もジャケット・スーツ姿だった。一緒に行った姉貴が言っていたよ。きっと専門のコーディネーターがついて誂えたに違いないって。確かにそうかも知れない。僕はKYONのライブはかなり観ているつもりだが、今回のツアーで着ている服は一度も見たことがないからね。コレスポンデントとしていちおう報告しておくよ。以上。


親愛なるSCRATCHへ メールどうもありがとう。

相模大野か。僕は5年ほど前に4カ月だけ相模原市の東林間というところに住んでいたことがあって、ちょっと懐かしい名前だね。そのころ僕は四谷のドイツ語教室まで小田急線で通っていた。それで給料がもらえていたんだから優雅な時代だった。

「マナサス」、アルバムでは僕には今一つピンと来ない曲だったけど、そうやってアンプラグドで演奏しているところを思い浮かべてみると、この曲の本質が分かってきたような気がする。キミのレポートを読んでいるとライブに参加できないことが本当に残念に思えてくるよ。これからも出し惜しみしないでいろいろと教えて欲しい。

ところでキミにお姉さんがいるとは知らなかった。僕からもよろしく伝えておいて欲しい。キミのお姉さんなら、きっとキレイで、聡明で、ポジティブで、茶目っ気のある楽しい人なんだろうな。

ではまた
Silverboy



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