logo ここに生きている


1900年代が暮れて行こうとしている。子供の頃、2000年に僕は何歳だろうと計算したことがあった。35歳。それは遠い未来のできごとのように思われた。そんな日は永遠に来ないような気すらした。自分が親戚のおじさんよりおじさんになる頃(その頃親戚のおじさんはもっとおじさんになっている訳だが)、そう言われても小学生の僕には実感がわかなかった。それに第一、世界は1999年で終わることになっていたんだし。

だが、2000年はやって来た。それはもうすぐそこまで来ていて、あと数日で世界が滅亡しそうな気配はなさそうだ。僕はその間に大人になったし、学校を卒業し、会社に就職し、結婚し、子供をもうけ、ドイツで2000年を迎えることになった。時間は流れている。少しずつ、しかし1秒も休まず。

「Stones and Eggs」。佐野元春から届けられた最も新しいアルバム。レギュラー・コーナーにアルバム・レビューを書いたとき、僕はとりあえずこのアルバムについて考えることを一段落させた。でも、何かやり足りないような気はずっとしていたし、この「Stones & Eggs Special」をきちんとした形で終わらせる必要を感じてもいた。「Stones and Eggs」はまだCDラックにしまわれないまま、プレーヤーの上に出しっぱなしになっていた。

ここにあるのは僕が「Stones and Eggs」の1曲ずつについて考えたこと、感じたことを書きとめたメモのようなものだ。おまけのようなものだと思ってもらってもいい。これを書くことで僕はこのアルバムをCDラックの「THE BARN」の隣にいったん納めることにしようと思う。そして、シングル「イノセント」、新しいベスト・アルバムを待つことにする。

この特集では僕の何人かの友人に手伝ってもらった。昔からの仲間も、ネットで知り合ったばかりの人も、僕の求めに応じて快く文章を提供してくれた。僕は編集者として、自分で文章を書くのとはまた別の種類の知的な興奮を味わうことができた。彼らの文章のおかげでこの特集も特徴のあるものにすることができたと思う。心から感謝したい。

残念だったのは、今回僕のクラブのコレスポンデントであるSCRATCHに文章を書いてもらうことができなかったことだ。次の機会には是非彼の的確で愛情あふれるレビューを掲載したいと思う。


GO4 GO4

過去へのホット・スポットのように張り巡らされたフレーズ。僕たちは意識の中で何度も過去にジャンプし、そしてこの90年代の終わりに戻ってきた。「立ち上がれ、立ち上がって闘え」。かつて「さよならレボリューション」と歌った佐野が、今、闘う相手はだれなのか。大事に蒔いた種が何を実らせるのか、野に咲くフラワーの系譜を僕たちは見届けなければならない。

C'mon C'mon

Goodbye Cruel World. まともでいるのがつらい世界。それでも佐野は「来いよ」と歌う。風が吹き、タンポポが揺れる場所。僕たちはまだ笑えるだろう。それでいいさ。

驚くに値しない No surprise at all

驚くに値するものなどもう何もない。そこには何でもあるんだし、そこにはもう何もないんだから。そんな世界で、それでも僕たちの生は絶え間なく続いて行く。容赦なく続いて行く。ポエトリー・リーディングとヒップ・ホップが交差する一瞬に、僕たちのひび割れたエゴが見えるような気がする。驚くには値しない。

君を失いそうさ I'm losing you

ビートルズへのオマージュを、それ自体高いクォリティを持つ作品に結実させることは難しい。だが、佐野元春はそれをやって見せた。答えは風の手のひらの上にあると歌った前作から、佐野はアイドルに対する率直なリスペクトを歌にし始めている。白日夢のような不条理な幻想、静かな狂気(桜の木の下には死体が埋まっている)。出色の1曲。

メッセージ The Message

この曲の英文のタイトルをきちんと見た人は何人いるだろうか。それはただの「Message」ではない。「The Message」なのだ。そしてしかも、Mは大文字だ(他の曲の英文タイトルを見ればこの大文字が特別な意味を持つことが分かるはず)。それはいったいどんなメッセージなのか。その答えはもちろん僕たちに委ねられたのだ。

だいじょうぶ、と彼女は言った Don't think twice it's over

「よろしく」と手を振っている、君はだれ。

エンジェル・フライ Angel fly

学食で、社食で、トレーを抱えて空いた席を探す。ここ、いいかい? 一緒にランチ食べようよ。

石と卵 Stones and Eggs

僕たちが時間をかけて失ってきたものすべて。でもそれらは決して消えてなくなってしまった訳じゃない。どこか、光に満ちた場所で、それらはまた僕たちを待っているのだ。いつか宛名のない請求書を全部決算したら、僕たちはそこにたどり着くことができるのだろうか。答えは神のみぞ知る。僕は神を信じるし、そしてここに生きている。

シーズンズ Seasons

ふりまわされたってどうってことはないだろう。大切な君だけが知っているなら。「シャララ…」と一緒に歌いながら、涙がこぼれそうになるのはなぜだろう。

GO4 Impact GO4 Impact

サバイバルの意識。だれよりも偶像に近い場所にいながら、その意識の継続とスタイルの更新で80年代、90年代を生身のアーティストとして生き抜いてきた佐野元春。僕たちは彼を信頼してきた。僕たちはこれからも佐野を彼を信頼して行くだろう。佐野が降谷建志に委ねたこの曲からは、サバイバルの意識が確実に受け継がれているのを感じることができる。立ち上がれ、立ち上がって闘え。生き残るために。




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