logo 約束を果たすために


長い間、僕は佐野元春の音楽を聴き続けてきた。それは僕のソウルをいつだってキックした。僕の背中をそっと押した。僕を支え、僕を包み、僕はそのようにして成長ということの意味を学んできた。

佐野元春の音楽はもういらないと思ったこともあった。佐野がハートランドを解散したときだ。佐野は新しい場所に向かおうとしている。イノセントの喪失というテーマにそれは円還を描いて何度も立ち現れるのだという答えを与え、行動をともにしてきたバンドを解散して、次へ行こうとしている。仮に佐野が新しい表現のフィールドとして選ぶものがロックン・ロールでなくても、それが佐野の選択であるなら構わないと僕は思った。僕はもちろん新しい佐野のトライアルを追い続けて行くだろうが、仮に佐野がもう二度とロックン・ロールを歌わないとしても、過去のレパートリーを再び演奏しないとしても、それが佐野の意志なら受け入れようと僕は思った。なぜなら、僕はもう佐野から十分すぎるほど多くのものを教わったのだし、それらは僕の中にもはや代え難いものとして深く根を下ろしているからだ。だから僕はそれを信じて生きて行けると思ったのだ。ロックン・ローラーとしての佐野が僕たちの前から姿を消すのなら、僕はそれを微笑んで見送ろうと思っていた。約束はもう十分果たされたのだ。

だけど、佐野元春は還ってきた。「十代の潜水生活」を初めて耳にしたとき、僕は泣いた。僕が佐野の曲を聴いて泣くのは特に珍しいことではないけれど(最近涙腺が緩んでるんだ)、この時、僕は本当に泣いた。僕は嬉しかった。一度はそのように見送った佐野が、しかしまたあまりに身も蓋もないシンプルなロックン・ロールとともに還ってきたことが。佐野は表現を老成させたり難解な文学性に逃避したりせず、ロックン・ロールというハードなメディアの前線に立ち続けることを選んだのだと僕は思った。その決断の明快さ、誠実さ、強靭さに僕は泣いた。佐野はあくまで約束を果たそうとしている。その表現がどのように形を変えたとしても、佐野は交わした約束をどこまでも誠実に守り通そうとしている。それは僕のソウルを再び強くキックした。

アルバム「Stones and Eggs」を聴いて、僕はそのことを考えずにはいられなかった。佐野元春がここでやろうとしているのは、彼を20年にわたって支えてきたファンとの約束を果たすことだ。佐野を支持し続けてきたファンが、佐野に何を求めているのか、佐野の音楽の何を信頼してきたのか、佐野はそうしたことに思いを巡らしただろうし、それに応えることで佐野はリスナーとの間に交わされた約束を果たそうとしたのだ。

僕はそれがこのアルバムを作品として必ずしも成功に導いたとは思わない。このアルバムが、トータルにバランスの取れた会心の名作だとも思わない。佐野自身の内発的な動機だけに基づいて、100%のアーティスト・エゴを出しきって制作されているかと問われれば僕は首を傾げざるを得ない。ここにはあまりに生硬で完成を急がれた言葉と、何かに対する配慮のようなものが色濃く残りすぎている。だが、それにも関わらず、僕はこのアルバムを愛する。

それはこのアルバムが、佐野元春から僕たちへのかつてないくらい真っ直ぐなメッセージだからだ。僕はこんなふうに成長してきた、僕はこんなふうに歩いてきて、今こんなところに立っている、どうだい、君は君の生をきちんと成長してきたかい、地に足をつけて歩いてきたかい、僕たちは約束しただろう、一緒にやってきただろう、このメッセージは君の目にどんなふうに映るのか教えてくれよ、だって、嘆いてばかりもいられないじゃないか、と。

僕はこれから、このアルバムについての最終的なレビューを書くつもりだ。そこで僕は、個々の曲や表現について、納得できないものには納得できないと、不用意なものには不用意だと、安易に思えるものには安易ではないかと書くだろう。作品に対してその出来の客観的な良し悪しを論じることは、その背景にある経緯や思い入れと別に、決して無意味なことではない、リスナーにもアーティストにもむしろ必要なことだと思うからだ。

だが、それにも関わらず、僕はこのアルバムを愛する。僕は佐野元春に応えたい、メッセージはきちんと伝わってる、僕は僕の足で立っている、僕は僕の生を成長している、そして、これからも一緒にやって行こう、僕たちは約束したのだから、と。そして、ありがとう、と。

見届ける、ということ、それが僕たちの約束だ。互いに、互いが一人前の大人として、自分の生に責任を持っているかを見届け合うこと、それこそが、僕たちの交わした約束の本質に他ならない。約束を果たすために、僕は自分の生に、佐野元春の音楽に、正面から向かい続けて行く。これからも。




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