logo 驚くに値しない


佐野元春の新しいアルバムが発表されてもう2カ月近くが過ぎた。その間に僕は34回目の誕生日を迎えたし、佐野は日本全国を忙しくツアーしていた。茨城県では半日以上も続く臨界事故が起き、パキスタンでは静かなクーデターがあり、またひとつ大きな銀行の合併が発表された。

さて。

「Stones & Eggs」に対する僕の考えはまだまだまとまった訳じゃないけど、ここに書き散らかした文章や、何人もの人たちと交換したメールの中から、少しずつ何かが形を現し始めている、といったところ。例えば、

●佐野元春が新しいリスナーと懸命にコミットしようとしてリスキーな表現をアルバムに取り入れていること。それが場合によっては上手くこなれていない言葉遣いや安易な押韻として僕のどこかに引っかかって来る。それは前向きなトライアルなのだから性急にダメだと結論を出さず、もう少し見守っては、という意見もあるし、それはその通りなんだけど、でも、だれかがここで、「佐野さん、これはまだ無理してとったリスクに見合うものにはなってないよ」と指摘することは必要だろう。

●そういう気負いの入った「GO4」より「驚くに値しない」の方がビートと言葉の関係を先鋭的に追い続けてきた佐野の最新のトライアルとして理解できるし、作品としての完成度も高いと思う。シングルのカップリングでリミックスを聴いたときはよく分からなかったけど、アルバムのオリジナルを聴くと分かった。で、それからリミックスを聴き直すと分かるようになった。

●「C'mon」は最近ちょっと見直してる。風にタンポポが揺れていればそれでいい。驚くに値しない。そうだろう。

●でも、今回のアルバムは、この曲も含めてイントロの入り方がすごくよくない。ムードもののSEみたいなのから入るのはやめた方がいい。この曲も「君を失いそうさ」もいきなり歌いだして何の問題もないはず。

●「歌もの」は時として「あるべき佐野元春」を自ら意識しすぎじゃないかと思う。全力を投入し、満を持して発表したとは思えない曲、思えないアレンジ。佐野元春自身による佐野元春のパロディ。何かの必要や配慮に急がされ、動かされた印象。「今回のアルバムはすきだけど、佐野があまりノッてないような気がするところもあったな。あふれ出る創作意欲を誰も止められない、という気持ちでは作っていない気がした。あの人、まだまだこんなものじゃないと思う」と書いてきてくれた友達がいた。僕もそう思う。

●特に「メッセージ」の安直なシンセのリフ。これはやめてくれ。

●でも、こうしたすべては表現に対する佐野の誠実さの表れだと僕は思っている。このアルバムは混乱と迷いを内包しているけれど、それは佐野らしい誠実な混乱と迷いだし、佐野はそれらとやはり誠実に向き合おうとしている。だから僕は佐野を信頼している。昔からのファンだから今も聴いているんじゃない。佐野が今も闘い続けているから、そして、それを確かめることで自分もまた闘い続けて行けそうな気がするから僕は佐野元春を聴き続けているのだ。

●それに、このアルバムには何曲か、僕にとってかけがえのない曲が収録されている。「昨日までの君を抱きしめて」(ごめん、こっちの方が僕はタイトルとして好きなんだ。「シーズンズ」というタイトルはピンと来ない)のアウトロで、佐野が「シャラララ…」とシャウトするところ、それだけで涙がこぼれそうになるのはなぜ? まあいい。驚くに値しない。

というようなことについて。

こういった類のことについて考えるのが、僕は好きだ。考えているうちに、自分自身が研ぎ澄まされ、思考のスピードが上がって世界がよく見えるような気がしてくる。ライターズ・ハイだ。まあいい、もう少し僕に考えさせて欲しい。だって、何も、驚くに値しない、から。




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