logo プールサイドにて


快晴の夏の日、ポルトガル南部、アルガルヴェ地方のとあるリゾート・ホテルのプール・サイドで、2人は偶然顔を合わせた。

 : やあ、久しぶり、元気でやってるかい?

 : やあ、久しぶり。元気だよ、ご覧の通り。君も随分焼けたね。

 : そうなんだ、さすがに陽射しもきついしね。ところで、佐野元春の新しいアルバム「Stones & Eggs」は聴いたかい?

 : いや、まだなんだ。日本に頼んではいるんだけど、どうしても時間がかかるからね。でも、シングルは聴いたし、MP3ファイルで試聴はしたよ。公式ウェブのフォーラムにはいろんな意見が寄せられてるようだしね。

 : で、君の考えはどうなんだい。

 : いや、僕はきちんと聴くまでは何も言わないことにしたんだよ。聴いてもないものに対してあれこれ言う訳には行かないしね。

 : でも、佐野の声について随分心配する意見があるようじゃないか。

 : その話だろ、そうなんだよ。もちろん僕はアルバムも聴いてないし、ライブも長い間見ていないから、実際のところ佐野の声がどうなっちゃったのかということは分からない。ひょっとしたら心配されているように長年のシャウトの結果高いところが出なくなっちゃってるということはあるかもしれない。でもね、僕は前にも言ったように、佐野の作品だからというだけで本来批評されるべきものまでを盲目的に賞賛してしまったり、逆に徒らに過去の作品を美化してあるべき変化までを否定してしまったりすることは、決して建設的とは言えないと思うけどね。

 : まあ、一般論としてはそうだね。

 : それに、「だいじょうぶ、と彼女は言った」を聴いたとき、あの「朝起きて夜まで」の「よおるまで」のところ、あの節回しやボーカライゼーションに僕は結構胸がせつなくなったし、あの感じというのは今の声だからこそだと思うけどね。


 : じゃ、新譜について、今の時点で期待することは?

 : ま、言いだしたらきりがないけどさ、例えば「THE BARN」がウッドストック制作という「場」の力が大きく作用した、その意味で流れから隔絶したワン・アンド・オンリーのアルバムだったとしたら、「Stones & Eggs」は佐野自身も20周年ということで自分の音楽を横断的に見直したもっとオープンな仕様のものになってるんじゃないかと思うんだよね。ともかく僕がいちばん懸念するのは、佐野がそうした時代意識から逆に、何かに「配慮」したアルバムを作ってしまうんじゃないかということだね。

 : 何かって?

 : 古いファンだとか、新しいキッズだとか、バランスだとか、「佐野元春らしさ」だとか、ミネラル・ウォーターのペット・ボトルだとか、そんなものすべてだよ。

 : 何だい、そのミネラル・ウォーターのペット・ボトルっていうのは?

 : 冗談だよ、たまたまここにあったからさ。

 : ともかく、自由に作って欲しいってことだね。

 : そう。それでそれが結果的にポップ・プロダクツとしてストライク・ゾーンに入ってくれば申し分ないけどもね。

 : なるほど。(うなづいてペット・ボトルのミネラル・ウォーターを飲む)


 : いい天気だ。

 : うん、いい天気だ。「水の中のグラジオラス」が聴きたい気分だな。

 : いいね。水の中でつぶやくグラジオラス、オレはオレたちの時代にしがみついているモラルのハンマーを憎む。

 : (うろたえて)おいおい、著作権に抵触するよ。

 : ごめんごめん。でも僕はこの曲が好きなんだ。

 : 分かってるさ。さあ、僕はひと泳ぎしてくるよ。水は冷たそうだけど、泳げないほどじゃない。また会いたいね。

 : そうだね、またすぐ会えるような気がするよ。僕は海を見に行ってくる。それじゃ、また。

 : じゃ、また。

別れて歩き出す二人。やがてプールに水しぶきが上がる。




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