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■The Long Goodbye 1953年
■長いお別れ 清水俊二訳 ハヤカワ文庫 1958年
■ロング・グッドバイ 村上春樹訳 ハヤカワ文庫 2007年

マーロウ・シリーズ第6作であり、誰が何と言おうとシリーズ最高傑作。もちろん好みの問題はあるが、客観的に見てこれが最も完成度の高い作品であることは動かしようのない事実だろう。かなりの目方がある読み応え満点の小説だが、ダレることも飽きさせることもなくグイグイと読者を引っ張って行く。読み終わるのがもったいない。そんな小説はそれほどたくさんはない。

村上春樹はあとがきでこの作品がフィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」を意識して書かれたものではないかという推論を展開している。もちろん真実は分からないが、少なくともこの物語が「ギャツビー」と共通する読後感を残すことは確かだ。

ずっと昔に失われたもののかすかな残像に目を凝らし、そこから想起されるわずかな「よきもの」「よきこと」のために、どう考えても割りの合わない遠回りをしないではいられない。そんな生きることに避け難く付属する本質的なせつなさのようなもののことをチャンドラーはここで書こうとしている。それは静かなものであり、文体はこの上なく饒舌だが、この作品自体はどこまでも寡黙だ。

チャンドラーには珍しくプロットも整理されており、登場人物がやや多いきらいはあるものの、それぞれの人物造形ははっきりしていて輪郭も鮮やかだ。少なくともだれがだれをなぜ殺したかということはきちんと理解できるし、筋運びにもきちんと必然性がある。ミステリとしても読み飽きない。

だが、この作品のいちばんのポイントはもちろんマーロウとテリー・レノックスの間に短い間成り立つ奇妙な心の交流である。それはおそらく友情とはまた違ったものだ。彼らは互いにそこに自分を見ている。それゆえ、マーロウはテリーを助けようとするのだし、事件の真相を知ろうと躍起になるのだ。そして最後には互いを失うことで自分の一部を失う。

さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ。自分の中の何かを永遠に失うのだ。


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