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■The Little Sister 1949年
■かわいい女 清水俊二訳 創元推理文庫 1957年
■リトル・シスター 村上春樹訳 ハヤカワ文庫 2010年

前作から6年のブランクを経て書かれた長編第5作。伝記によればチャンドラーはこの間、ハリウッドで映画脚本の仕事をしていたらしい。この作品にはその時の経験が生かされている。新進の映画女優、撮影所、映画業界の大物。内幕を明かすようなエピソードがアクセントになっている。

だが、華やかな世界を舞台にしながらも、そこで描かれるのは陰惨な殺人であり、身勝手な登場人物たちである。チャンドラーは映画業界での仕事にあまりいい感情を持っていないらしく、そのことはマーロウが作中でいつもにもましてシニカルに銀幕の裏側に対する痛烈な皮肉を連発することでも分かる。

だが、チャンドラーは映画業界をただ一方的に指弾しているのではない。チャンドラーは、ひとりひとりの人間の当たり前の欲望や感情が、ビッグマネーやスポットライト、名声と結びついた時に、どのように醜く増幅され、人々がそれに振り回されるかということ、そしてそれゆえにこそそうした世界が強烈な魅力を放つことを看破している。彼はそういう場所で食い扶持を得ていた自分に対する苦々しい自嘲も込めてこの物語を描いているのではないだろうか。

もうひとつ興味深いのは、アメリカの地方都市における教会の存在感の大きさである。そのモラリズムが時として大きな抑圧的モメントとして機能することをチャンドラーは示唆している。例えばキングの『キャリー』などでもそうした宗教的抑圧が子供たちの精神を纏足のように歪めるさまが描かれていた。ここでもオーファメイの二重人格じみたオブセッションはそれを思い起こさせる。

事件は田舎から出てきた垢ぬけない娘がなけなしの20ドルをマーロウに差し出し、行方不明の兄を探して欲しいと依頼するところから始まる。しかし、例によってマーロウの行く先には死体が転がり、無関係に見えた出来事がいつしかひとつの線につなぎ合わされて行く。肩に力を入れず読んでいい作品。


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