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SCTRATCHより親愛なるSilverboyへ 元気にしているかい?

久しぶりの佐野元春のツアー"Rock & Soul Review"、君のところにもだいぶ感想が舞いこんでいるようだね。でも申し訳ないが、僕はまだそれをひとつも読んでいない。何故なら、僕は自分がレポートを書こうと決めた時にはそれが完成するまで他人の視点を自分の内に入れない主義だから。君のところに集まっている素敵な感想の数々を読むには、僕は自分レポートをまとめあげなくちゃ。ライヴから少々時間が経ってしまったけれど、僕なりに感じたことを書いてみることにするよ。それが君と僕との約束だから。

今回のライヴはいくつかの大きな特徴をもっている。まず、サウンドの大黒柱であるドラマーが小田原豊から古田たかしにチェンジしていること。そしてニューアルバムのリリースを待つことなく行われたため、ほんの2つ3つの新曲を除いてはオーディエンス旧知の曲ばかりで構成されていることだ。僕はこれと非常によく似た条件で行われたツアーを知っている。そう、佐野が新バンド"The International HoboKing Band"を率い、新譜はたった2-3枚のマキシシングルのみという状況下で全国を回った"International Hobo King Tour(通称:IHKツアー)"だ。

IHKツアーは、佐野が新バンドの創り出すグルーヴに惚れこみ、それを一刻も早くファンに披露するため、わざわざアルバムのレコーディングを中断して敢行したものだといわれている。だが新曲が僅かであったこと、熱烈ファンへの配慮から前バンド"The Heartland"の要であったサックスのダディ柴田をレギュラーゲストに迎えたこと、そして新バンドが旧知の曲を前バンドのアレンジに一見忠実に演奏してしまったことなどが裏目に出てしまい、オーディエンスから「前のバンドと同じだ、これじゃ解散した意味がない」と酷評される結果となってしまった。僕が思うに、この経験は佐野にとってかなり堪えたんじゃないかな。特に、自信もって披露した新バンドの音を基本アレンジが同じであるばっかりに「前バンドと一緒」と評されて大きな失望を感じたらしいことは、その後"THE BARN"をリリースしてなお、佐野がインタビューなどで度々この事例を振り返っていることからも想像に難くない。

そんな経験を踏まえて、同じような条件のもとにツアーを行おうとすれば、せめて前と同じ轍は踏むまいと考えるのは佐野ならずとも至極尤もな話だよね。今回のツアーで問題になっている1曲1曲の長さ、その秘密はこのあたりにあるんじゃないかと僕はにらんでいる。あれだけ各々のソロパートをフィーチャーすれば、確かにいくら何でも今までと同じとは言われないし、各プレイヤーの個性も如何なく発揮されるというもの。「ちょっと1曲1曲が長いかもしれないけど、感じてください」佐野が今回のツアーで言い続けたこんな台詞も、今までとの違いを感じて欲しい一心から出たものなんじゃないかと僕は思っているんだ。

でも、その試みが果たして完全にオッケーといえるものであったかどうか…はっきり言う。僕にとっては少なくとも、完全にオッケーといえるものではなかった。

前述の通り、佐野が今回これでもかと言わんばかりに曲の中に各プレイヤーのソロパートを盛り込み、いたずらに曲数を増やすよりも彼らの演奏に雄弁に語らせようとしている、その意図は僕も理解しているつもりだ。そしてほとんどの曲でキーを下げ、オーディエンスが声の不安を感じないで曲に入り込めるようにしている努力ももちろん買うさ。だけどいかんせん長すぎるというか、1曲の中にふんだんにつっこみすぎるんだ。例えば"99ブルース"。前半で佐橋佳幸がボトルネックを用いてかなりファンキーなソロを展開しているんだが、ヴォーカルをワンコーラス挿んだ後にKYONがわざと調子を外した、山下洋輔ばりのピアノソロを延々と展開すると、どうもオーディエンスの関心がみんなそっちに行ってしまう気がする。せっかく佐橋が入魂のソロをかましたのに、それがすっかり霞んでしまうように思えてしょうがないんだ。もしそうだとしたら逆効果だと思わないか。盛り込みすぎるためにお互いのよさが相殺されてしまうなら、むしろ曲数を増やしてソリストをはっきりと曲ごとに分けた方がよっぽどすっきりしている、僕はそう思うよ。渋谷公演に2日間通って、流石に2日めは耳馴れたこともあってそれなりに僕も楽しんだけれど、1日めに前半の数曲を聴いた時には、佐野には申し訳ないけど今回のツアーを心ゆくまで楽しめるのはKYONの熱烈ファンだけじゃないかと思ったよ。どの曲もソロの最後はほとんどKYONが締めていたからね。

だが、新しいオリジナルだという"ジグゾー"を初めとする中盤のアコースティックコーナーあたりからは、そんな空気もだいぶこなれてくるように僕には感じられた。もともと"The Hobo King Band"は"The Heartland"に較べてプレイヤー各人の個性が強く、ソロパートも長めだ。でもやり過ぎさえしなければ、それは本当に魅力的なんだ。なんたって彼らは、かつて僕をワンツアーで11か所16回もあちこち引きずり回したほど、とてつもなくエキサイティングな演奏をする連中なんだから。

特に後半の"冒険者たち"。例の"ラジオに流れる・・・"のくだりで、コーラスのメロディ・セクストンにパンチの効いたヴォーカルをとらせ、アコースティックコーナーで古田が使ったベビードラムを佐野が叩くという趣向はおもしろかった。キメに合わせてシンバルをミュートする姿なんか結構堂に入っていて、僕は思わず拍手してしまったよ。でもそこでせっかく場内が上昇気流になったのに、その次に内省的なアレンジの「月と専制君主」を持ってきたのは僕としてはあまり歓迎できなかった。ただでさえ曲数が少ないのだから、後半は一旦上昇気流に乗せたらその勢いを止めるべきではなかったと思う。本編のラストが2曲後、しかもミドルテンポの「Sail On」と決まっているため、結果的に「インディビジュアリスト」僅か1曲で終盤の盛り上がりをつくる形になってしまい、ノる側としてはちょっと辛かったよ。「月と専制君主」のところがアンコールで演奏された「Vanity Factory」あたりだったら、もっとうまく盛り上がれたんじゃないのかな。惜しいところだ。

新曲としてネットでも公開された「Sail On」は、スタンダードな3連符のロッカバラードだが、曲としては悪くない出来だと僕は思う。特にラストのリフレインにかぶせるようにして奏でられる佐橋のリードギターは秀逸だ。しかし、最後になって脇からもぞもぞと出てきてイカさないムードコーラスグループみたいな振り付けをやってみせるローディーたちは、僕の感覚ではちょっといただけない。見たところ、彼らは彼らなりにタイミングを計り、狙いを定めて出てきているようだけど、3連符のリズムに全くノッていないし、照れているせいか知らないが動きにキレがないからはっきり言って見苦しい。もし統一した振り付けとしてファンに浸透させようという狙いがあるのなら、もっと自信もってきっちり踊るべきだし、ただの内輪受けでやっているなら即刻止めて欲しい。今のままじゃせっかくの佐橋のリードが台無しだ。僕は非常に残念に思っている。

そうそうSilverboy、君にもうひとつ、報告しておかなきゃならないことがある。7月1日の渋谷では「SOMEDAY」が演奏されていない。僕がみる限り、佐野は今回この曲に関してさほど力んで考えてはいないようだ。あくまでアンコールナンバーとして用意した数曲のクラシックスのひとつにすぎず、オーディエンスのノリと合致しないと判断した場合には容赦なく取り下げるつもりらしい。ま、最近のインタビューなどによれば、古田の参加は一時的なものではないようだから、今回とりたててフィーチャーしなくてもあのイントロのスネアロールはいつでも聴けるよってことなんだろうな。そしてオーディエンスも殊更に不満を述べたり、終演後も会場に残ってしつこく要求したりといった風ではなく、演らないなら演らないでもいいとあっさり割り切っていたように僕には感じられた。これがもし、佐野自身もオーディエンスも少しずつながら「SOMEDAY」と自然につき合えるようになり始めている証しだとしたら、これは歓迎すべきことだと僕は思う。もっとも「SOMEDAY」は最近、有名な煎餅メーカーの「柿の種」のCMソングに起用されて全国のTVで派手に流れているので、佐野もオーディエンスも今この曲をいち推しするのは少々気恥ずかしい、もしかしたらそういうことなのかもしれないけどね。

そんな訳で、僕なりに今回のツアーをReview(評)させてもらうと「おおむね合格、但し、指摘事項を踏まえた上で後日再提出を要す」っていうところかな。そして再提出の課題は以下の通りだ。

この夏、佐野は今回のツアーと別に、茨城の海辺で開かれる大きなイベントに出演する予定らしい。僕が聞いた話では、以前イベント"THIS!"にも出演した山崎まさよしやエレファントカシマシなど、若い世代に大きな影響力をもつミュージシャンも同じステージに立つそうだ。僕がもし、佐野と親しく言葉を交わせる機会をもてるなら、出演に際してぜひ希望したいことがある。今回のツアーでアンコールに演奏している"アンジェリーナ"、あれを必ずラインナップに加えて欲しい。本音をいえば、この曲を中軸に据えた、活きのいいロックンロール主体の選曲でぜひ、このイベントに臨んで欲しいんだ。今のHKBがはじき出す"アンジェリーナ"は本当にかっこいい。古田の復帰もサキソフォンのフィーチャリングもこの曲のためにあったのかとさえ思わせてしまうような、会心のロックンロールナンバーだ。まさに佐野の初期衝動がここにあると言っていいと僕は思っている。僕は声を大にして言いたい。ハジけたくてハジけたくて夏の海辺に集まってくる若い連中に、これをぶつけないで何をぶつけるっていうんだ、と。

このイベントの観客層の中心となるであろう若い世代は、おそらくロックンローラー佐野元春を知らない。地雷ゼロキャンペーンやネット上の権利問題に真摯に取り組む、思慮深い大人のアーティストとしての佐野は認識していても、彼がかつて赤いストラトキャスターをめちゃくちゃにかき鳴らしながらライヴハウスのテーブルに立ちはだかり、観客を片っ端から酸欠ノックアウトしていった、極めてクレイジーなロックンローラーであることを残念ながら知らないんだ。僕にはそれが堪らなくもどかしい。なぜなら僕はもともと、ロックンローラー佐野元春を観て彼のファンになったから。理知的な楽曲の裏側に隠された気のふれたような熱さ。それに直に触れ、それにとり憑かれてしまったからこそ、僕は佐野の活動をここまで見続けてきたんだ。もし佐野が最初から地味なポエトリー・リーディングばっかりやっている男だったら、喩え彼がその詩にいかに熱気を内包していたとしても、僕がここまで彼に入れ込むことはなかっただろう。

現在10代、20代といった若い連中だって、そういう佐野を観たことがないから解らないだけで、触れさえすれば解るはずなんだ。今のメンバーで演奏される"アンジェリーナ"は充分、そういう奴らをキックできる力を備えていると僕は思う。だから海辺では、ゆったりした曲は"Sail On"1曲程度にとどめて、あとは身体から水蒸気が立ち上るようなナンバーで固めたライヴをして欲しいと、僕は心からそう願っている。それができて初めて、今回のツアーで試みたような"曲を感じる"ライヴも活きてくるような気がするんだ。生意気かも知れないけれど。

それじゃ、また今度。



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