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ラジオの音に胸を躍らせていた頃、僕は佐野元春に出会った。月曜日の夜に、モノラルの音しか出せない黒いTOSHIBAのカセットテープレコーダーから聞こえてきた「Motoharu Radio Show」が僕にとっては唯一無二の音楽教師だった。その教師は理屈っぽいことは言わず、陽気に振舞う天使たちの歌声のような、あるいは長く長く走りつかれてもなお歓喜の声を上げる英雄のような、そんな曲の数々を教えてくれた。僕はそのたびに、感嘆し、涙し、身体を振るわせた。夏にはサーフミュージックを、冬にはクリスマスソングを、聞かせてくれた。そこで学んだライブラリが今でも僕の心の中にはひっそりと収まっている。時々顔を覗かせては懐かしい声を聞かせてくれる。すべてはあの夜から始まった。

僕は「Motoharu Radio Show」を聴くにあたって、繰り広げられる音楽にはもちろん傾倒していたけれど、時々読み上げられたリスナーからの声に答えるDJ佐野元春に心惹かれるものがあった。当時の僕はまだそれほどライブには行ってなかったせいか、あまり佐野元春の声を聴く機会がなかった。もちろんテレビには出ないし、佐野元春の「動きのある声」を聴くことなんて滅多になかった。だからリスナーからの手紙に真摯に、ときにはユーモアにあふれて答える佐野元春の様子がとても好きだった。

すべてはあの夜から始まった。そしてその場所は日曜の午後3時に新しい場所を移した。いまでも十分多感だと思うけれど、今にも増して僕が一番多感な時期に出会っていたプログラムが「FM Super Mixture」だった。「Motoharu Radio Show」とは違う種類のフレンドリーさが充満していた。それはオリジナルレーベルのレコードをプレゼントするといった趣向があったり、実際このレーベルの曲を集めてアルバムも発売された。これはラジオプログラムの枠を越えた計らいだったように思う。僕のレコードプレーヤーにもAJIレーベルのドーナツ盤が幾度となく回転していた。

コーナーが絶妙のタイミングで区切られていて、僕は毎週その中で踊らされた。それはとても心地よい踊りだった。迷いは薄く、戸惑いは軽く。リクエストには何度かカードを出して、何度かオンエアされた。僕は小さく身体を丸めて、小さな拳を作ってクルクル廻りながらそのオンエアを聴いた。「FM SuperMixture」がもたらしてくれた生活は答えのはっきりした淀みのない暮らしだった。そこには振り返ることのない潔さみたいなものがあった。それは日曜日の午後という潔さだったのか、まだ90年代を迎えていない潔さだったのか。おそらく前者だと思うけれども。

僕は90年代に入ってからオンエアされていた「Tasty Music Time」はあまり記憶にない。多分チューニングも合わせていなかったのだろう。僕はちょうど「Time Out!」の頃の佐野元春とは縁遠かった。これはいろいろな不可抗力なども作用して結果的にそうなった。だから僕のラジオプログラムにレギュラーで登場する佐野元春は89年3月が最後である。

すべてはあの夜から始まった。そしてまた同じ夜に戻ってきた。土曜の夜、11年の歳月を経て巣に戻り損ねた魚が帰ってきたのだ。張り巡らされたネットを辿ってではなく、昔ながらの空を駆けてやってくる声。やあ、優しげじゃないか。今も昔も変わらずにその音楽教師は静かに教鞭を揮っていた。Less Talk, More Music。スタイルもテイストも変わっていないことに僕は驚く。まるで僕だけが夢を見ていたかのようだ。

ヘッドフォンをあてて、オンエアされた「Radiofish」をノンストップドライブで聴いて行く。Acoustic、Classic Rock、My Favorites、Listener's Choiceなど4週で分けた構成はいにしえの「Motoharu Radio Show」にも存在していた。グルーピングもその当時を彷彿させるものがある。当時はFrom Billboard100、Oldies、International Indies、All Requestだったと思う。「Motoharu Radio Show」の場合は、期間も長かったのでそのときに応じて特集内容は変化があったかも知れないけれど。でもいずれにしろ、見事なまでの円環ではある。それはあたかも佐野元春自身が示しているThe Circle of Innocenceの定義を当て嵌めてみたくなるほどである。

魚が泳いだ後、少し水面が揺れたような気がする。ラジオが終わると現実の世界に戻る。僕はまだこの魚の正体を掴みきってはいない。遠く昔に見た面影のようなものも感じているのは確かだ。デジャヴのような感覚といったらいいのだろうか。僕はこれまでのように耳を澄ましながらその音が流れる夜を過ごすだろう。時にはせつなく、時には拙く紹介されていく音楽たちに包まれて、その魚の泳ぎを見つめているだろう。

1時間足らずのRadio Show。地図のない旅は始まったばかり。「Radiofish」は僕たちが無意識のうちに探しているものを届けてくれるだろう。ラジオプログラムは手のひらの上の風なのだ。Beat Goes On! (竹村広司)



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