logo Paul Weller / at ZEPP TOKYO / 2006.4.1


ごく正直に言って、僕にとってポール・ウェラーは「スタイル・カウンシルの」ポール・ウェラーであり、さもなくば「ザ・ジャムの」ポール・ウェラーであり、ソロの作品は僕にはどうもピンと来ないものばかりだった。今回ライブに行くためにソロ・アルバムを聴き返そうとしたが、iPodに入ってなくてリッピングから始めなければならなかったくらいだ。もちろん新譜は今週ずっと繰り返し聴いていたし、旧譜も「意外によかったんだな」と「再発見」したりしたが、ソロ・キャリアに対する認識は所詮その程度だった。

それがポール・ウェラーのせいなのか、聴き手である僕のせいなのかは分からない。アルバムは出るたびに買っているしそれなりに聴いてもいる。どれもよくできたアルバムだ。年を重ねることとロック表現の奥行きについて考える格好の作品ばかりだと言っていい。そこにはもはや怒りに任せたビート・パンクでもなく、スタイル評議会の名を借りた架空のブルー・アイド・ソウルでもない、ただ、一人のロック親父としての正面突破的ロック、それ以上でもそれ以下でもないただのロックがあるのだということもよく分かっていた。

しかし、それは僕の日常と今ひとつうまくフックしてくれなかった。それは、僕には「オレも昔は結構ワルだったんだよ」とライオンズ・クラブの集まりで説教を垂れる中年の中小企業オーナーの思い出話みたいに聞こえた。破綻はない。曲もよくできている。しかしそこには、今、ここでこれを歌わないともう取り返しがつかないのだというギリギリの焦燥感のようなものがないように思えた。

だが、この日、1曲目の「Blink And You'll Miss It」を聴いた瞬間、今まで彼の何を聴いてきたのだろうと僕は思った。とてもフォーピースとは思えない音圧と音像、マジで口パクかと思ったくらい決まりすぎの演奏、そしてウェラー兄貴の上手すぎる歌、気迫のこもったパフォーマンス。そこには僕がポール・ウェラーに求めていたはずのものがすべてあった。

中でも完全に持って行かれたのはハードなソウル・ナンバーである「Peacock Suit」。ポール・ウェラーがソロでやりたかったのはこれなんだということが、理屈や説明を省略して直接カタマリのままガツンとぶつかって来る感じがした。ひとことで言ってしまえばそれはおそらく「ソウル」。ミック・ハックネルとかとはまた違った意味で、ポール・ウェラーもまた、何歳になっても持て余す厄介なソウル、いつまでたっても落ち着きもしなければ収まりもしない行儀の悪いソウルについて、いくつもの歌を書き続け、歌い続けずにはいられないのだ。

彼の曲にぶちこまれたそんな過剰性を僕が聴き取ることができなかったのが、彼のせいなのか僕のせいなのかはよく分からない。でも、少なくとも僕にとって今回のライブは、何というかすべての謎が解けるようにポール・ウェラーというアーティストの存在がストンと胸に落ちてくる幸福な体験だった。ロックの現場性ということに関して、知っていたはずなのに少しばかりそれをナメていた自分がいたことに気がついてしまった。大切なアーティストを再発見できた、僕にとってとても重要なライブだった。



Copyright Reserved
2006 Silverboy & Co.
e-Mail address : silverboy@silverboy.com