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ここで取り上げるのは1991年にちくま文庫から刊行された版であるが、このタイトルの短編集は何度か版を変えて出版されている。最初は1982年に集英社から「ワールドSFシリーズ」の第4巻として刊行されたもので、9編の短編が収められていた。集英社版はちくま版と6編が共通しているのみであるが、残りの3編(「パットへの贈り物」「プロクスからの侵略」「偉大なる神」)はいずれも他の短編集に収録されているので、ここでは取り上げない。
2006年8月には論創社から「ダーク・ファンタジー・コレクション」の第1巻として刊行されている。ちくま版から「ゴールデン・マン」と「植民地」を割愛したものになっている他は収録作は重複しており新訳はないようである。
ちくま版も含めこれら3冊はいずれも仁賀克雄の選・訳によるもの。ちくま版は「よいカモ」が1959年の作であるのを除けば、他の作品はいずれも1953年から1955年の、ディックの短編発表の「黄金期」のものばかりである。他の短編集との重複も若干あるが、それだけ重要作をもれなく集めたとも言え、初期短編に特別の愛情と造詣を持つ仁賀の訳でこれらの作品をまとめて読むことができるメリットは大きい。

 

The Father-Thing パパそっくり 1954 仁賀克雄・訳

食事のためにガレージから戻ってきた父。だがそれは父ではない。チャールズにはそれが分かった。邪悪な何かがガレージで父を食い、父そっくりになりすましているのだ。だが母はそれに気づかない。チャールズは家を飛び出し、友達に助けを求める。親しいだれかの振る舞いにふと違和感を抱く日常的な瞬間、この人はいつの間にかそっくりなだれか、いや何かと入れ替わってしまったのではないかという他愛もない妄想を悪夢にまで昇華した作品。余韻を残すラストも見事。単なるアイデア・ストーリーを越えた名作だ。
 

The Hanging Stranger ハンギング・ストレンジャー 1953 仁賀克雄・訳

ロイスは公園の木にぶら下がっている死体を見つける。同僚に、通行人に、そして警察官に知らせるが、だれもロイスに取りあってくれない。信じてくれないのではない、だれもそれを不思議とは感じていないようなのだ。そうロイスが地下室で作業をしている間に街は異星人に乗っ取られており、その死体はまだ彼らの支配下にない者をあぶり出すための罠だったのだ。必死で隣町へ逃げ出すロイス。だが、ようやく隣町にたどり着いたロイスを待っていたのは…。「ストレンジャー」の意味が最後に明かされるのが怖い。
 

The Crawlers 爬行動物 1954 仁賀克雄・訳

放射能研究所の近くで相次いで生まれる爬虫類めいた奇形の赤ん坊。「それ」を人目から隠すためにある島に集めようという企てが進行している。そしてその島に「それ」らのコミュニティが成立した頃、「それ」から先祖返りした子供が産まれ始める。そう、人間そっくりの…。放射能による奇形という強迫観念は核戦争の具体的な危機の下にあったこの時代に特有のものだが、奇形が次々に産まれる街の困惑、混乱を静かな筆致で描いたこの作品には奇妙な味わいがある。決して巧みとはいえないが強い印象を残す作品。
 

Fair Game よいカモ 1959 仁賀克雄・訳

ある時ダグラスの家の窓に表れた巨大な目。世界でも第一線の原子物理学者であるダグラスを何者かが狙っているのか。だがそれは地球上の存在ではない。追いかけ回され、ついに彼らの手に落ちるダグラス。彼は宇宙網ですくい取られ、別の宇宙、新しい世界へと捕獲される。だが、必要とされたのは彼の専門知識ではなかった。なぜなら釣り上げられた彼を待っていたものは巨大なフライパン…。あまりといえばあまりな結末。星新一のショート・ショートのようなアイデアで、ここまで引っ張って落ちはそれかと…。
 

Meddler 干渉者 1954 仁賀克雄・訳

タイム・マシンが発明された。それは歴史研究のために慎重に運用されている。だが、タイム・マシンは極秘裏に未来へも送り込まれていた。そして、100年後の世界には人間が存在しないことが分かった。その原因を探るためにヘイスンは未来に送り込まれる。ヘイスンがそこで見た者は、人間を攻撃する蝶だった。人間は蝶に滅ぼされたのだ。そしてその繭は現代に戻ったタイム・マシンにも付着していたのだった。「12モンキーズ」の逆を行くようなタイム・パラドクスもの。酸を吐き人間を襲う蝶という発想が秀逸。
 

The Golden Man ゴールデン・マン 1954 仁賀克雄・訳

核戦争のためにさまざまな奇形が発生している未来の世界。クリスは金色に輝く身体を持ち、数十分から数時間だけの未来を見通せるが、前頭葉を持たず論理的な思考ができない新しい人類だ。彼はその能力を使って彼を殺そうとした警察から脱走する。女性研究者の胎内に自分の子孫を残して。そう、彼には人間の女性が抗えない性的魅力をも具えていたのだ。生物にとって進化とは何か、適者生存とはどういうことかをディックなりに考察した作品。ニコラス・ケイジ主演、リー・タマホリ監督の映画「ネクスト」の原作。
 

Nanny ナニー 1955 仁賀克雄・訳

子供たちの教育係であり遊び相手でもある理想的な子育てロボット、ナニー。だが、ナニーは夜になるとひそかに家を抜け出して他の家のナニーと格闘しているのだった。彼らは互いに戦い、傷つけ合って持ち主がより大きく、強い新型のナニーに買い換えるのを促すようにプログラムされていたのだ。際限ない新製品の開発・販売競争、付加される不要な新機能。高度消費社会への鋭い批判となり得ているが、そこに子供たちのナニーへの視線を絡ませたところが語り手としてのディックの巧みなところだろう。
 

Imposter 偽者 1963 仁賀克雄・訳

大森望訳「にせもの」(「パーキー・パットの日々」収録)と同一作品の異訳。
 

Survey Team 火星探査班 1954 仁賀克雄・訳

核戦争で廃墟と化した地球。地上では果てしない戦闘が繰り広げられ、人々は地下で暮らしていた。新しいすみかを探すために火星へ調査チームを派遣する。だが、そこで彼らが発見したのは、資源を掘り尽くし、うち捨てられた無人の廃墟だった。彼らは残された文献から火星人が火星を放棄してどこに旅立ったのかを知ろうとする。この辺でだいたいネタは分かってくるのだが、火星人が旅立った先は地球であり、彼らは図らずも自分たちの父祖の土地に降り立ったという訳だ。まだ火星に夢があった時代の話である。
 

Service Call サーヴィス・コール 1955 仁賀克雄・訳

ある夜、コートランドの家にやって来た「スウィブル」の修理人。だがコートランドは「スウィブル」が何だか分からない。修理人は未来から時間の位相を間違って「スウィブル」が発明される前の現代に来てしまったのだ。「スウィブル」とは何か、修理人の説明からその実体を何とか理解しようとするコートランド。やがておぼろげながら明らかになって行く「スウィブル」の正体とは、思想を統制し蛋白質を摂取する生きた機械だったのだ。思想が完全に一致した全体主義社会の統制装置という発想が恐ろしい。
 

Colony 植民地 1953 仁賀克雄・訳

大瀧啓裕訳「植民地」(「パーキー・パットの日々」収録)と同一作品の異訳。
 

Exhibit Piece 展示品 1954 仁賀克雄・訳

ミラーは200年後の世界で二十世紀を研究する歴史学者。二十世紀の生活に強く憧れ、博物館で二十世紀の生活を再現する精巧な展示を行っているが同僚や上司からは疎まれている。ある日、彼が展示品のモデル・ハウスに入るとそこには二十世紀そのままの生活があり、彼には妻と子供がいた。モデル・ハウスは本物の二十世紀と時空を越えてつながっていたのだ。スラップスティックとしてはそれなりに面白いが正直あまり意図がよく分からない。落ちもハッピーエンドなのかどんでん返しを示唆しているのか不明である。
 

Second Variety 人間狩り 1953 仁賀克雄・訳

友枝康子訳「変種第二号」(「パーキー・パットの日々」収録)と同一作品の異訳。



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