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1980年にマーク・ハースと選によって刊行された短編集「THE GOLDEN MAN」の訳書(二分冊の上巻)。既存の短編集に未収録の作品を集めたもので、ハヤカワ文庫から刊行されている。原書は1冊だが訳書は2巻に分かれており、本作はオリジナルの前半部分7編を収録。1950年代に発表された作品4編と60年代の作品3編からなる他、ディックの「まえがき」と「作品メモ」、マーク・ハーストが本作成立の経緯を述べた「はじめに」を訳出・収録している。尚、二分冊の下巻は「まだ人間じゃない」のタイトルで同じくハヤカワ文庫から刊行、オリジナルの後半部分を収録している。

 

The Golden Man ゴールデン・マン 1954 友枝康子・訳

仁賀克雄訳「ゴールデン・マン」(「人間狩り」収録)と同一作品の異訳。
 

Return Match リターン・マッチ 1967 友枝康子・訳

地球侵略を企てる異星人から押収したピンボール・マシン。だが、何度かプレーするうちに、機械はボールをプレーヤーに向けて発射するためのカタパルトを作り始めていた。それはピンボール・マシンの形を借りた殺人機械、報復兵器だったのだ。主人公のティンベインはピンボール・マシンから狙われる。何とかピンボール・マシンから逃れて自宅に戻ったティンベインを、今度は巨大な金属球が自宅を襲い始めた。巨大なピンボール・マシンの中に捕らわれたことを示唆するラストが面白いが設定に無理が多い。
 

The King Of The Elves 妖精の王 1953 浅倉久志・訳

ガソリンスタンドを経営するシャドラックは、ある日ずぶ濡れになった妖精の一行を保護する。だが、雨に打たれた妖精の王は死に、シャドラックは妖精たちから彼らの新しい王となることを要請される。彼らが言うにはトロールとの戦いが近づいているらしい。シャドラックは王となることを承諾するが、トロールの頭目は実はシャドラックの旧友フィニアスだった。壮絶な戦いの末、正体を現したフィニアスを殺しトロールを打ち負かした妖精たち。確かにディックはファンタジーの書き手としても優秀である。
 

The Mold Of Yancy ヤンシーにならえ 1955 小川隆・訳

カリストの政治体制が全体主義に傾斜しているとの情報を得た惑連警察局のタヴァナーはカリストに潜入する。だがそこは自由な社会だった。何がこの社会を支配しているのか。やがて、それはでっち上げられた架空の為政者ヤンシーであることが分かる。ヤンスマンと呼ばれる官僚たちが人々を特定の思想に導くべくヤンシーを使って情報操作を行っているのだ。長編「最後から二番目の真実」の原型となった作品で、楽観的なラストはともかく、架空の為政者による情報操作という着想は普遍的な価値のあるものだ。
 

Not By Its Cover ふとした表紙に 1968 小川隆・訳

火星生物のワブの皮で製本されたルクレーティウスの「物の本質について」に誤植が発見された。不死の性質を持つワブの皮は、それによって製本された書物の中の「死」に関する記載を自動的に修正してしまうらしい。それを知った出版社のオーナーマスターズは、自分の棺をワブ革で内装するよう遺言に書き加える。着想が秀逸でストーリーの展開も面白い。ディックにしてみれば宗教、中でもキリスト教の死生観に対するちょっとした揶揄のつもりなのかもしれない。ワブは1952年の処女作「輪廻の豚」に登場する。
 

The Little Black Box 小さな黒い箱 1964 浅倉久志・訳

近未来の社会にひそかに広がっているマーサー教。信者たちは「共感ボックス」と呼ばれる小さな黒い箱に付いた取っ手を握ることで、ウィルバー・マーサーの苦行を直接体験することができる。マーサーは荒れ果てた山を登る。石ころがマーサーに投げつけられる。マーサーは死ぬためにどこかに向かっているのだ。マーサー教を摘発しようと躍起になる当局。マーサーは宇宙人なのか。この物語が禅とどう関係するのかは分からないが、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」の原型にもなった重要な作品である。
 

The Unconstructed M 融通のきかない機械 1957 友枝康子・訳

自分でどこかの部屋に忍びこみ、殺人を犯す機械。しかもそれはその殺人をだれかの仕業に見せかけるためのニセの証拠を巧みに捏造しその痕跡を残して行く。そしてそれ自身はテレビに偽装して殺人機械とは気づかれない。この機械が引き起こす騒動を描いた作品だが、登場人物の関係が錯綜していてストーリーの方は今ひとつ頭に入ってこない。まあ、機械が捏造するニセの証拠というところがこの作品の主要なテーマだと思っていてもいいのだろう。この機械、何かの長編に流用されていたように思ったのだが…。



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