1998.3.29 大阪フェスティバルホール SCRATCHより親愛なるSilverboyへ 昨日の続きだ。 ついに大阪公演も最終日になった。ツアーファイナルだ。 公演延期の影響で実際にはまだ2日ほど日程を残しているが、佐野元春は気持ちの上でやはりこの日をファイナルと位置づけているらしい。インターネットライブの中継やビデオカメラが入ったこともあり、この日のステージはスペシャルバージョンとまではいかないにしても随所に佐野らしいサービスと愛情表現がちりばめられた、今回のツアーにおけるメモリアル・デイと呼ぶにふさわしいステージとなった。 そしてそのハイライトとなったのは、ライブ中盤における一連の出来事だ。 「ドクター」が終わると、バンドは僕が今までに一度も見たことのない配置についた。井上、佐橋、そして中央の佐野にもスツールが用意され、佐野はギターを持たず空身のまま腰かけている。KYONはピアニカを手にもって佐橋の脇に下り、そのすぐ横にはいつの間にしつらえられたのかエレクトリックピアノが1台置かれている。 「みんなも名前だけは知ってると思う。彼は今度の『THE BARN』アルバムのプロデュースをしてくれたんだ。」 佐野に紹介されて姿を現わしたのは、「THE BARN」のプロデューサーにして名曲「ズッキーニ」の作者、ジョン・サイモンその人だ。今や佐野のファンで彼の名を知らぬものはいない。 「ボクヲ、ニホンニ、ヨンデクレテ、オオキニ。」 阪神タイガースのキャップをかぶって、おそらく習ったばかりのたどたどしい関西弁を話すジョン。そして佐野が作詞したという、ジョンの新しいアルバムに収録されたナンバーが世界で初めて、The Hobo King Bandの演奏で披露されたんだ。 ジョン・サイモンの登場は大変すてきな出来事だったが、実のところ全く予測できない話ではなかった。何故ならジョンは前日客席にいて、ライブの最中に佐野に紹介されていたんだ。だけど次の佐野のひと言は全く予想外だった。 「大阪のみんなを驚かせたいのは、実はこれだけじゃない。もうひとつある。」 佐野の言葉は続く。 「1960年代、70年代、素晴らしいバンドがあった。ザ・バンド。その中から『THE BARN』アルバムに参加してくれたのは…ガース・ハドソン!」 佐野がさっとあげた左手の先に立っていたのは、紛れもなく本物のガース・ハドソンだった。想像したよりも大柄な、まさに佐野が言う"山のような"という表現がぴったりくる貫禄たっぷりのおやじさんだ。胸の前にはKYONのアコーディオンをつり下げている。 僕は本当に嬉しかった。「THE BARN」には何人ものWoodstockのミュージシャンたちが参加しているが、その中で僕が最もナマで聴いてみたかったのが、実はガースのアコーディオンだったんだ。僕としてはできればダブル・アコーディオンでKYONと合奏して欲しかったんだけど、KYONはアコをすっかりガースにお任せして、きょうはピアノに専念している。 ガースの奏でるアコの音色は、その風貌と正比例するかのように重厚な音だった。うまく言えないけど、年期が入っているからこそ出せるどっしりとした音。 年代物のワインのよう、とでも言えばいいのかな。KYONだってもう40、ロックミュージシャンとしては決して青二才ではない年齢なのに、そんなKYONの音ですらガースの弾くアコの前では蒼くて荒削りに思えてしまうような、そんな熟成された味わいが、僕にはとても感じられたんだ。 「7日じゃたりない」が終わると、ガースはアコを外し、傍らのエレクトリックピアノに向かった。アコの音色と同じように低音に力のあるどっしりとした音。 5分を超える長い独奏の間、ステージ上の佐野元春はギターをしっかりと抱え、じっと身じろぎもせずガースの演奏に聴き入っていた。佐橋も井上も同じ格好だ。直立不動でじっと全身を耳にし続けている彼らの姿は、自分たちのステージのためにソロを奏でてくれる巨匠に対し、まるで最敬礼をしているかのように僕の眼には映った。 独奏が終わってガースが立ち上がると、それを合図に小田原のカウントが入る。始まったイントロは「ロックンロール・ハート」。佐野がWoodstockの地で造りあげた新しいモトハル・クラシックだ。 アルバムでジョン・セバスチャンがコーラスをかぶせているサビの部分に、きょうはジョン・サイモンの声が響く。こんな素敵なアンサンブルをナマで聴くことができるなんて、大阪は何て幸運なんだろう。そしてそこに居合わせられた僕自身も、自らの強運に感謝すべきなのかもしれないね。 ガースは再び胸にアコを抱き、ジョンはウーリッツア・ピアノに向かっている。 西本のピアノ、KYONのオルガンとあわせ、きょうのこの曲は四重鍵盤の超豪華バージョンとなった。その上に誇らしげに間奏のハーモニカをのせるのは、もちろん我らが佐野元春だ。 佐野は自分のハーモニカソロのおしまいに、いつもと同じように「アキラ!」とコールして振り返った。しかしこの時、呼ばれた西本はいつもと同じではなかった。そこには、いつもより何十倍もかっこいい西本明がいたんだ。この時西本が弾いたピアノソロは、僕がこのツアーで今まで14回聴いてきた中で最高のものだった。僕は鍵盤楽器の経験がないから、技術的なことについてはあまり解らないし自分の感じたことしか言えないわけだけど、とにかくこの時の西本のピアノの音は、ピンと張っていて意志力があって、まさに「西本明ここにあり」と力強く言い放つかのような素晴らしいソロだったと僕は思ってる。 この時、西本のすぐ隣りではジョンがウーリッツアを奏で、足元ではガースがアコを弾いていた。そんな状況−いわば先生2人に挟まれたような、ともすれば畏縮してしまいがちな状況で、微塵も臆することなく、西本は最高のソロを展開したんだ。 実はメールの中で彼について書くチャンスがあまり無いのを、僕は常々淋しく思っていた。全身で感情表現をしながら演奏していくKYONと違って、西本は表情があまり変わらない分、トピックスだけを拾おうとするとつい漏れてしまいがちになるし、正直なところ6人の中で彼だけがいまひとつ突き抜けていないような、そんな印象を名古屋公演のあたりでは受けていたのも事実だった。でもその一方で、僕は密かに感じていたんだ。渋谷公演の終わり頃から、どんどん右肩上がりで上昇を続けているHKB6人の中でも特に大きな傾斜角でぐんぐん上昇してきたのは、実は西本だったってことを。そしてきょう、ジョン・サイモンとガース・ハドソンという巨匠2人を横において西本がついにビッグバンを起こした。「素晴らしいよ、西本。」僕は嬉しかった。本当に嬉しかった。 ついにアクセル全開になった西本はもう止まらなかった。続く一連のモトハル・クラシックでも、彼は完全に他の5人をぶっちぎっていた。「約束の橋」では佐橋が例の、最も好調な時のカッティングを聴かせたにも拘わらず、見事にそれを抑えてうねるサウンドの先頭に立ち続けていたし、まるでリズム隊のためにあるような曲「太陽だけが見えている」の時でさえ、鋭いキーボードの音でリズム隊と互角に渡り合って一歩もひけをとらなかった。 最も圧巻だったのは「Rock & Roll Night」。このところ日を追うごとに大きくなるKYONのオルガンの音に圧されがちだった西本のピアノが、きょうは誰よりも大きく力強く輝いて聴こえる。やっぱり西本だ。佐野元春のスピリットを音楽という形にして体現するのにはやっぱりこの人のピアノが入用なんだ。 彼でなくちゃだめだ。アキラでなくちゃだめなんだ。 そしてこれは僕のひいき目かも知れないけれど…KYONはそんな西本のビッグバンにとても敏感に反応していたような気がする。「Rock & Roll Night」における彼のオルガンは、いつも朗々と響く西本のピアノに挑みかかるかのように激しく演奏されていたんだが、きょうは心なしか抑えられ、西本の輝きをサポートする役に徹していたように僕には感じられたんだ。もしそうであるなら彼もまた、バンドスピリットを心得た非常に素晴らしいミュージシャンであるということができると思う。本当に返すがえすも、この2人を組ませようと考えた佐野の眼力には敬服せざるを得ない。 佐野はこの日さかんに「ファイナル」という言葉を連発していたけれど、君も知っている通りまだ全てが終わった訳じゃないんだ。このあと10日ほどのインターバルののち、HKBは2月の借りを返しに戻ってくる。東京に、そして僕の住む横浜に。「ファイナル」のあとにくるこの2公演がどのようなものになるか、僕はぜひとも見届けなくちゃならない。そしてその時まで、西本明がハジけたままでいてくれることを僕は密かに、そして切に願っている。 それじゃ。また今度。 親愛なるSCRATCHへ メールどうもありがとう。 ブライトンから帰ってきた。疲れたけれど面白かったよ。こんどその話もゆっくりしたいと思っている。 さて、ツアーのファイナル、もし僕が大阪に住んでいたなら絶対に見に行っていたであろうライブだ。日曜日だしね。そこにジョン・サイモンのみならずガース・ハドソンまで来ていたとは。かえすがえすも僕はドイツに住んでいることが残念でならない、このツアーに限っては。 SCRATCH、僕はブライトンに行って考えたことがある。それは、たとえそれが物見遊山の観光旅行でも、そこに実際に足を運んでみることで得るものは何かしらあるはずだってことだ。そうだろ。毎日取り返しのつかない時間を生きている中で、その一瞬ごとに起こった出来事は、すべて自分に関わってこざるを得ない。そしてそれが自分の主体的に選んだものであればなおさらだ。それが何であるか分かるのはずっと後のことだとしても。 キミがこのツアーを追いかけ続けたことで、キミの中にはきっと何かの轍が残ったはずだ。あとはそれが何かを見極めるだけだろ。それは決して簡単なことではないかもしれないけど、急ぐ必要もない。キミはいつだってそこにいるんだし、僕はいつだってここにいるんだから。 Silverboy 1998-2021 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |