対照実験
中学校の理科で対照実験という考え方を教えてもらった。例えばでんぷんのりを作り、これを二本の試験管に分ける。一方には唾液を、他方には同量の水を加え常温でしばらく置いた後、でんぷんのりの状態を調べれば、前者の試験管の中身は一部が糖に変わっているが、後者の試験管の中身は変化していないはずである。このことによってでんぷんは唾液に含まれ水には含まれない何者かによって糖になったのではないかと推認できる。 仮に後者の試験管を用いず、前者の試験管だけで実験を行ってもでんぷんは糖に変わるだろう。しかし、その場合、それが本当に唾液に含まれる何者かの働きなのかどうかは分からない。唾液なんか加えなくてもでんぷんは時間が経てば自然に糖に変わるのかもしれない。原因Aと結果Bの因果関係を確認するためには、AからBを発生させる実験と同時に、同じ条件からAだけを取り除いた実験を同時に行い、AがあればBは発生する、AがなければBは発生しない、ということを確認しなければならない、と僕は教えられた。それが対照実験だ。 タミフルを巡る一連の騒ぎの中で僕が今ひとつよく分からないのは、僕たちは今、タミフルと異常行動に因果関係があるかどうかの話をしているのか、因果関係の有無なんて取り敢えず分からないけど、ただタミフル服用後に異常行動を起こした例がいくつかあるから服用後には十分注意することにしよう、という話をしているだけなのか、そこのところがまったくごちゃごちゃになっていることだ。 タミフルを服用した後、異常行動を起こした子供が何人かいたということは確かに間違いのないことのようなので、取り敢えずタミフルを子供に服用させたらよく注意しようねということにはたぶんだれも異論がない。問題は「対照実験」にあたる部分が明らかにされないために本当にタミフルと異常行動との間に因果関係があるのかどうか分からないことである。いや、分からないことは問題ではない。分からないのに「因果関係はある」と言い切る人たちが一方におり、他方に「因果関係は否定的」と(数日前まで)言っていた人たちがいるということ、それが問題なのだ。 インフルエンザの高い熱で異常行動を起こす例はタミフルを服用していない人にも見られるという指摘もある。タミフルを服用した後に異常行動を起こした人の例だけを見せられても、それだけではタミフルと異常行動の因果関係は明らかでないというのが科学的な態度のはずだ。タミフルを飲んだが異常行動は起こさなかった人、タミフルは飲まなかったが異常行動を起こした人についても言及があって初めてそこには説得力というものが生まれてくるのだろう。 それにしてもこんな「中学の理科」程度の話がきちんとしたメディアから聞こえてこないように思われるのはなぜだろう。「また出た、タミフルで異常行動」みたいないい加減な記事を書いているヒマがあるなら、自分で症例を集めて対照実験でもしてみたらどうだ。 2007 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |