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ダイオキシン報道、テレ朝の勝訴破棄 最高裁が差し戻し  (朝日新聞 2003年10月16日)

埼玉県所沢市産の野菜がダイオキシンに汚染されているとテレビ番組「ニュースステーション」で報道され、野菜価格が急落したとして、同市の農家がテレビ朝日に損害賠償と謝罪を求めた訴訟で、最高裁第一小法廷(横尾和子裁判長)は16日、放送内容が名誉棄損にあたるかどうかについて「一般の人の視聴の仕方を基準に、放送全体から受ける印象なども総合的に考えて判断すべきだ」とする基準を示した。そのうえで、「今回の放送内容が真実だったとは証明されていない」と指摘。農家側の請求を退けた二審判決を破棄し、審理を東京高裁に差し戻す実質的なテレ朝側敗訴の判決を言い渡した。


「ニュースステーション」みたいな人気番組で久米宏に所沢の野菜がダイオキシンに汚染されていると放送されたら所沢産野菜の売れ行きがガタッと落ちるのは簡単に想像できる。仮に放送中に問題にされた「野菜」が実は「お茶」のことだったと後で分かってあれは不正確でしたと訂正されたとしてもいったん地に落ちた評判はなかなかもとには戻らないだろう。僕が所沢の農家だったらたまったもんじゃない。当たり前のことだがメディアは今日それ自体巨大な影響力を持つひとつの権力であり、それは一人の人間の生活なんか簡単に破壊してしまう力を持っている。メディアそのものが人権の抑圧装置になる大きな可能性を秘めている訳だ。

そのメディアが自分のチョンボで所沢の農家に大きな迷惑を及ぼしたときに「報道の自由」とか「表現の自由」を持ち出して弁解するのを見ると僕は何だか割り切れないものを感じる。もちろん「報道の自由」や「表現の自由」は民主主義の根幹に関わる重要な権利である。しかしそれが重要なのは自由な報道が国民の主体的な判断や選択の基礎になるものだからに他ならない。真実だと信じて報道したことが結果的に間違っていたということは起こり得るし、そうしたケースも一定の範囲で保護しなければ国民に対するオープンで公正な情報提供の保障という目的は達せられないことは分かるが、メディアが明らかな不注意や恣意によって自分より格段に小さな力しか持たない者の権利を損なったとき、それを糊塗するために「報道の自由」や「表現の自由」を持ち出すことは、逆にそうした自由の本来の価値を傷つけてしまうんじゃないかと僕は思う。

報道機関の側にその情報が真実であることの証明を広く求め過ぎると、取材の困難なテーマの調査報道は困難になってしまう可能性がある。「報道の自由」とか「表現の自由」というのは本来それくらいデリケートなもので、民主主義的価値の中では大切に扱われるべきものだから、今回の判決の妥当性は本当はとても慎重に検討されなければならない。所沢産の農産物から高い値のダイオキシンが検出されたこと自体は事実で、それはテレ朝のせいではなく所沢にじゃんじゃんダイオキシン排出施設を作った人たちの責任なのだから、農家の怒りは本当はそれを暴露したメディアではなくその本質的な原因を作った人たちにこそ向かうべきであったのではないのか、という当たり前の議論がなされてしかるべきだったと僕は思う。

しかし事前にきちんとチェックすれば分かるはずだった「葉っぱもの」の正体をよく確かめもせず軽々しく「野菜」と報道してしまったチョンボのあまりのお粗末さを考えれば、多くの人たちが、悪いのはテレ朝だ、農家が可哀想だという印象を持つのは仕方のないところだし、農家に補償を受けさせろという判決はそういう素朴な庶民感情にマッチする。この判決の結論が持つそうしたもっともらしさのせいで、「報道の自由」や「表現の自由」に関わるこの判決の大事なポイントが素通りされてるのではないか、結果としてこの事件では本質的なテーマではないはずの「報道の自由」や「表現の自由」を意味もなく貶めてしまったのではないかということを僕は心配しているのだ。

テレ朝はこのチョンボの後始末に「報道の自由」や「表現の自由」なんて大仰な題目を持ち出すべきではなかった。放送で思慮を欠いた発言があったために迷惑をかけたと単純に謝罪して賠償しておけばよかっただけの話なのではないか。不始末を取り繕うために大上段に振りかぶったことがかえって「報道の自由」や「表現の自由」そのものを危うくする結果になってしまった。巨大化したメディアは好むと好まざるとに関わらず自ら抑圧者になる契機を内包している。そうした時代にはメディアが「報道の自由」や「表現の自由」を振り回すことでだれかの生存権が脅かされる可能性すらあるということがメディア自身にきちんと理解されなければならない。何でもかんでも「表現の自由の侵害だ」なんてキーキー騒いでいればいいという訳ではないのだ。



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