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誘拐事件、報道協定成立後にネットに情報 (日刊スポーツ 2003年4月21日)

愛知の会社役員誘拐殺人で、警察とマスコミが報道協定を結んだ約3時間後の18日夜、インターネットの掲示板に事件発生の情報が書き込まれていたことが20日、分かった。

報道協定は18日午後3時半に成立。最初の書き込みは同日午後6時29分、ペンネームで「新城で誘拐事件中なのは既出?どっかの社長さんの子どもらしい。1億円請求されてるとのこと」と書かれた。

さらに19日午前1時28分には、同じペンネームで「ウチの母親が小さい新聞社で働いててそこからの情報です」などと書き込まれた。

誘拐報道協定は、被害者の生命に危険が及ぶ恐れがある場合、警察からの申し入れに応じて報道各社が取材と報道を自粛する制度。20日早朝に発見された男性の遺体が誘拐被害者と確認された直後の同日午後2時59分に解除された。


これを面白いと言ってしまうときっと顰蹙を買うんだろうけど、こういう情報の横もれってこれまではきっと想定もされてなかったんだろうな。新聞社や放送局と協定を結べば情報はコントロールできると楽観的に信じることのできた幸福な時代は過ぎたということだ。

言うまでもないことだけど、インターネットの出現によって情報が伝わって行くチャンネルは飛躍的に多元化した。ひとりひとりの個人がそれぞれ自分のメディアを持っていると言っても過言じゃないくらいだ。そんな時代に、そもそも何らかのやり方で情報がコントロールできるという考え方自体、とんでもなく古くさいものになりつつあるように思える。

未解決の誘拐事件で不用意な情報が流れると被害者の身が危うい。だけど仮にも言論の自由、報道の自由がある以上、だれかが何かを言うことを無理矢理禁止したり押さえこむことは難しい。だからここはひとつ人命のために報道は「自粛」してくださいというのが報道協定だろう。それは報道機関がそれなりの分別を持った「大人社会」の参加者だから可能なことなのだが、どこのだれだかも分からない匿名掲示板の書き込みに、そんな種類の常識や自重を期待しても無理だよな、普通。

だけどそのために匿名掲示板自体を規制したり、掲示板の管理者に書き込みの内容の責任を負わせたりするのは短絡的で危険な考え方だ。悪いのはネットの存在やその匿名性ではない。そんなものはただのツール、道具に過ぎないからだ。真面目な大人が必死になってコントロールしている情報をたまたま手に入れてそれを見せびらかしたくなる気持ち、それは匿名掲示板とは無関係にもともと存在する人間の本質的な好奇心やダークサイドであり、別にインターネットが新しく生み出したものではないはずだ。

そして、一度手に入れた便利なツールを、その副作用ゆえに手放すことは実際問題として難しい。どんな道具も使い方を誤れば危険なものであり、それを正しく使いこなせるようにするのは規制の問題ではなく教育の役割である。インターネットもまた例外ではない。

もちろん情報そのものをコントロールすることは不可能ではない。だがそれには莫大なコストがかかる。内部告発や商品クレームの例を見るまでもなく、情報があとからあとから横もれする現代社会にあって、すべての情報を間違いなくコントロールするには大がかりなしかけとむき出しの力が必要だ。国家公安委員長は今回の横もれについて「ややぶぜんたる思いだ」と言ったらしいが、そこまでの手をかけて情報の押さえこみを試みるのか、ある程度の横もれは現代社会のコストだと割り切るのか、いずれにしても「報道協定」みたいな牧歌的なやり方でこれからも安上がりに情報を統制できるという認識は甘すぎるということだろう。



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