logo 貧困と絶望


米英がアフガニスタンに対して武力行使に踏み切った1ヶ月前、僕は僕たち自身の当事者的立場を強調し、僕たちもまたテロの標的である以上、そのテロの原因や背景について配慮したり同情したりすることはできないと書いた。しかし、カブールが陥落し政権としてのタリバーンが事実上崩壊したことで、一連のテロ事件は新たな局面に入ったようだ。もちろんそれでテロの危機が去った訳ではないが、そろそろその背後にあるものについて考えるべき時がやってきたような気がする。

端的に言ってテロの背景にあるのは貧困だ。だが、貧困そのものは別に目新しいものではない。貧困から想像を絶するような暴力を引き出すにはいくつかのファクターが作用しているはずだ。

ここで指摘されなければならないのは冷戦の終結だろう。冷戦時代には、あらゆるいさかいが最終的に米ソを極とする大きな二項対立的構造のいずれかの陣営に回収されていた。そこでは例え貧困がありそれゆえ不満が発生しても、その不満を引き受けて利用しようとする者が必ず存在したし、そのためその不満は全体構造の中で管理されていた。アメリカと敵対する者はソ連から援助を受け、ソ連と対立する者はアメリカの影響下にあったから、結局のところほとんどの不満勢力はいずれかの陣営に管理されており、野放しの暴力や全体構造そのものへの敵対勢力が過大な力を持つことは結果として回避されることになった。

冷戦が終結したとき、多くの人はこれで平和な世界になると思ったかもしれない。しかしそれがもたらしたものは皮肉なことに管理されない内戦とテロの時代だったのだ。

しかも、資本主義の一人勝ちは、経済的な強者と弱者、勝者と敗者をはっきりさせてしまった。サブチャンネルが存在しない単線的な構造の世界で、多くの後進国は、自分の国の貧困が「がんばれば何とかなる」類のものではなく、もはや宿命的に動かし難い「失敗」であると感じるようになった。勝負はもうずっと前についてしまっていて、自分たちは永遠に敗者として生きて行くしかないのだと。

問題はそこに貧困があることそれ自体ではなく、その貧困がもはや改善不可能だという絶望だ。その絶望こそが、貧困を憎悪や暴力へ導くのだ。

アンチ・グローバリズムも、最貧国の対外債務を帳消しにせよと訴えた運動も、そしてイスラム原理主義のテロも、グローバル資本主義は自律的に調和に向かうことはないという認識を基礎にしているように思われる。いや、調和に向かうどころか、グローバリズムはむしろ勝者をますます栄えさせ、敗者をさらに貧しくする悪魔の装置だと彼らは考えているのではないだろうか。

もちろん、僕たち先進国が自由貿易や市場経済という資本主義の諸価値の正しさを楽観的に信じすぎていたきらいはあると思う。特にアメリカはその正しさを信じて疑わなかった。アメリカはアメリカ以外の国の存在について極めて無頓着だし、自分たちの価値が世界中どこでも通用する普遍的なものだとオートマチックに信じ込む悪癖がある。しかも厄介なことにそこには「悪意」のようなものはほとんどなく、自分たちのそうした無邪気さが周囲をいらだたせていること、その態度が「尊大」に映っていることにまったく無自覚なのだ。だから彼らはなぜ自分たちがテロの攻撃を受けなければならないのか理解できない。なぜ多くの人がアメリカを敵視しているのか彼らには分からないし、それは彼らにとって大きなショックなのだ。

僕たちは貧困が結局は僕たち自身のコストであるということに気づかなければならないだろう。資本主義から疎外された者の行き場のない不満をどのように吸収し、後見するか、そのためのシステムをグローバリズムに組み込むべきだ。

しかしそれは貧困をなくすということとはまったく別の話だ。資本主義やグローバリズムが貧困を生んだのではない。およそどんな政治体制、経済体制も貧困を生み出さずにはいられないのだ。グローバリズムをたたき壊しても貧困はなくならないだろう。グローバリズムやアメリカを憎むのはお門違いだ。貧困はグローバリズムよりもアメリカよりも昔からそこにあったのだ。

僕は貧困はなくすべきものだとは思わない。というか貧困をなくすなんてことが現実に可能だとは思わない。僕たちは貧困をなくそうとするのではなく、貧困をマネージし、それが破滅的な暴力に直結しないよう面倒を見て行かなければならないのだ。貧困を撲滅することができるという考え方はつまるところ絶対平等主義に他ならない訳だが、そのような考え方が現実にはワークしないということ、むしろ新しい特権階級や陰湿な権力闘争を生むだけだということを僕たちはソ連の壮大な実験から学んだはずではないか。

貧困をなくすという考えは美しい。しかし、それが美しく、善意から発するものであればあるだけそれは同時に危険でもある。なぜなら善意から発する美しい考えの背後には、対立する考えへの怖ろしい不寛容があるのが常だからである。我々が立ち向かわなければならないのは貧困そのものではなく、貧困が絶望を生む構造なのではないかと僕は思う。



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