logo パスタ問題


日本でちょっとおしゃれめのイタ飯屋とかスパゲティ屋に行くとこういうメニューをよく目にする。曰く「キノコのパスタ」、曰く「イカ墨のパスタ」、曰く「サーモンとクリームのパスタ」、曰く…。いや、別にそれ自体が悪い訳じゃない、イタリア料理にパスタがあるのは当たり前なんだし。でも、そこで僕がこう訊いてみた途端、注文を取りに来た可愛らしいウエイトレスの表情は曇るのが常だ。「ところでこのパスタって何?」

彼女の表情は暗にこう物語っている。「何?何なの?パスタってスパゲティに決まってるじゃん。このオヤジそんなことも知らないの?バカなんじゃないの?でもそれにしちゃちょっと垢抜けてるし…(一部妄想あり)」。そこで僕はたいてい「あ、パスタってスパゲティのことね」と助け船を出して彼女の混乱を救ってあげるのだが、おそらく彼女には僕の言ってることの意味なんか分かってないんだろうな。いいですか、皆さん、

パスタというのは小麦粉を練ったイタリアの主食全般の総称なんです。スパゲティは数え切れないくらいあるパスタの種類のひとつに過ぎないんです。

だからイタリアでレストランに入っても、「スパゲティ・ボロネーゼ」はあっても「パスタ・ボロネーゼ」なんてメニューはあり得ない。そんな書き方をしたら客はみんな「おい、このパスタ・ボロネーゼってのはいったい何なんだ。パスタってどのパスタなんだい」と質問せずにはいられないだろう。スパゲティなのか、ペンネなのか、タグリエテッレなのか、パッパルデーレなのか、それを明示しないことにはメニューは成り立たないのだ。

OK、もちろんここはイタリアじゃない、日本だ。日本じゃパスタっていうのはスパゲティのことなんだよ、という言い方も可能だろう。だけど考えてもみて欲しい。僕たちはついこの間までスパゲティのことをきちんとスパゲティと呼んできたではないか。「スパゲティ・ナポリタン」とか「スパゲティ・ミートソース」とか。それはパスタの世界的には大変正しい呼び方であり何の問題もなかったはずなのに、いったいいつからスパゲティを素直にスパゲティと呼べない不自由な世の中になってしまったのか。

思うにそれは80年代の半ば頃、生活が豊かになり、海外旅行もそれほど珍しくなくなって、日本でもナポリタンやミートソース以外のスパゲティが台頭しはじめた頃ではないのか。いままで私たちが食べてきたのは本物のスパゲティではないのです、本場ではボンゴレだのカルボナーラだのペスカトーレだの、もっとおしゃれなスパゲティを食べているのです、というような主張をこめて、これまでのナポリタンやミートソースと差別化を図る意味でそれをよりもっともらしい「パスタ」という名前に変えてみたということなんじゃないだろうか。脱サラして夫婦二人ではじめたペンションとかを想像させるね。

しかし、その呼び方はやはり間違っている。ずっと昔に間違って呼び慣わしたものがもはや日本独自の習慣になってしまった、とかそういう話なら納得も諦めもするが、ただのさもしい見栄っ張り根性のために、これまで正しく呼んできたものをわざわざ誤った呼び方にあらためて、それを得々と使い続けている人たち。それをおしゃれだと思っている人たち。その中途半端な西洋崇拝が何だか滑稽で哀れに思えるのは僕だけでしょうか。

日本ではパスタというのはスパゲティのことなんです、文句あっか、というならそれでもいいけど、その前提としてその呼び方はイタリアのスタンダードとは確実に違うのだということを知っているべきだと思う。ああ、こんなことにケチをつけてると上岡龍太郎になったような気分だけど、そう思うんだからしかたない。こんなこと言ってると帰国したときにイヤがられるんだろうなあ。

え?注文?この「メンタイコのパスタ」でお願いします。



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