アウェイで戦うということ 去年の冬に一時帰国したとき、書店でそういうタイトルの本を見かけた。僕はその本を買わなかったんだけど、タイトルだけは僕に強い印象を残した。アウェイで戦うということ。僕は思ったものだ。そういえば僕なんてずっとアウェイで戦ってるようなもんだよなあ、と。 ローマの中田が久しぶりにリーグ戦に起用された試合で、1得点1アシストを記録した。後半10分からの途中出場で、0-2と圧倒的に不利だったゲームを引き分けに持ち込んだのだ。知っての通り今季の中田はEU外選手の出場枠の関係でベンチ入りもできない試合が続いていた。この日その枠が突然撤廃されて中田は出場機会をつかみ、そしてそのチャンスをモノにしたのだった。この日の働きで中田の市場価値は大きく上がったはずだ。 日本のサッカー選手が海外で活躍するには、単に「サッカーがうまい」ということ以外にいくつかのポイントがあると思う。まず、ごく単純な意味での体力があるということ。体格の大きい外国人選手と互角に戦うには持久力も含めてそれに当たり負け、競り負けしない即物的な体力が必要だ。それから、少々のことではへこまない強い精神力があるということ。見知らぬ土地で、未知の流儀で戦うためにはその環境を楽しめるくらいの精神的なタフさが欠かせない。 だが、何よりも大切なことは、きちんと自分の存在を表現できる、主張できるということだ。そして自分を取り巻く環境と意思を通じ合い、コミュニケートできるということだ。世界中から名だたる選手が集まる中で、出場の機会をつかみ、生き残って行くためには強烈な自己主張が必要なのだ。中田はこうした条件を満たす数少ない日本人選手だった。敵地で戦い、そこで結果を出すことで自分の価値を高めた。彼に比べれば海外に出てみたものの実績を残せずにあっさり帰国してしまった日本人選手たちはいかにも脆弱に映る。 こうした条件はしかし、何もサッカーに限ったことではない。僕のように海外で仕事をするサラリーマンだって情況は似たようなものだ。海外で働くためには日本のスタンダードで「仕事ができる」というのとはまた別の資質が要求される。まあ、僕なんて日本の企業の派遣職員だから、一匹狼の中田と比べれば同じ海外といっても働く環境としては甘っちょろいもんだけど、それでも毎日カルチャーの違う外国人たちと渡り合って仕事をする不自由さや緊張感は国内とはかなり違う。まさにアウェイで戦っているという感じだ。 サッカーのリーグ戦は試合の半分がアウェイだ。いくらホームで強くても、アウェイで勝てなければ所詮優勝はできない。僕は別にだれもが海外で働くべきだとは言わないし、僕自身だってたまたま海外で働いているに過ぎない訳だけど、少なくとも、自分を意識的に住み慣れた環境から引き離してみること、今まで当たり前だと思っていたことを視点を変えてもう一度相対化してみることで、自分が何に頼っていたか、それは本当に頼るに値するものかを問い直してみる必要はあると思う。それは別に日本にいてもできるはずだし、そうやって試されたことのない自意識でブーイングの降り注ぐ敵地の試合を勝つことはできない。 2001-2002 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |