logo 職業に貴賤あり


このコラムは2000年2月に掲載したものである。その後、話題が古くなったと判断していったんサイトから削除したが(実際にはインデックスから削除しただけでファイルはサーバーにあったんだけど)、このたびこのコラムがテーマにしている東京都の銀行に対する外形標準課税が、東京地裁で違法と判断されたので再掲することにした。東京都は控訴するらしいが。(2002.4.1)


職業に貴賤がないというのは大ウソだ。「能力はみんな同じ、できないのは努力が足りないから」というのと同じくらいひどいデタラメだ。世の中にだれもが忌み嫌う賤しい職業というのはある。

例えば金貸し。質屋、サラ金、商工ローン、あまたの金融業者、こういう職業に「憧れる」子供は少ないだろう。銀行員もそうだ。「堅い」職業だともてはやされることはあっても、何か尊敬を受けたり「高い理想」と結びつけて語られることは少ない。いや、ない、と言ってもいい。それが銀行員という職業の宿命であり、それは銀行員が所詮は金貸しだということと関係している。

人はカネを借りることに負い目とか引け目を感じる。何となく正しくない、善くないことをしているような、何となくズルいことをしているような気がする。それはきちんと働かずにとりあえずカネを手にすることへの罪悪感かもしれない。そしてその引け目は自分にそんな思いをさせた者、つまりカネを貸した者に向けられることになる。あいつらは所詮金貸しなんだ、それが商売なんだ、人の弱みにつけ込んで稼ぐヤツらなんだ、だからあいつらからカネを借りたって別に恩を受ける訳でもないし引け目を感じる必要もないんだ、と。

人が金貸しを蔑視する理由はもうひとつある。それは金貸しが往々にしてカネを持っていることである。銀行が産業界で大きな発言力と影響力を持っているという考えも同じだ。銀行員は給料が高いという伝説もそう。ヤツらは汗もかかずに他人のカネを右から左へ動かして、あるいは血も涙もない取り立てをして儲けていると考え、あれは正当なやり口ではない、何かずるいことをしているんだと思いこもうとする。そうでなければ毎日汗水を流して働いている自分よりヤツらの方が実入りがいいことの説明がつかない、納得できないからだ。

そういう理由で人は一般に金貸しを賤しい職業だと考えている。だが人はふだんそれを自覚していない。ただサラ金とか銀行というものに漠然とした反感を持っていて、それが自分の引け目とかやっかみからくるアンフェアな感情だということに気づいていない。かのシェイクスピアの「ベニスの商人」を見ればいい。あれは金貸しという職業差別とユダヤ人という民族差別が結びついた極めてひどい作品で、僕は見るたびにムカムカくるが、そこにはカネを借りる人やそれをとりまく群衆の複雑な心理がよく描写されている。

東京都が大手銀行だけを対象に外形標準課税を導入するという。僕は法人税制の専門家ではないから、外形標準課税の得失、是非についてはここでは述べない。銀行がどれくらい税金を納めるのが適当かということにも僕は興味がない。ただ、言えるのは、今回の東京都の措置が、こうした銀行に対する反感を利用したいやらしい狙い撃ちであるということだ。石原慎太郎というのはもっと正道を行く男気の人かと思っていたが、これは人の心の中に潜む「金貸し」への卑屈な差別意識にアピールした下品なスタンドプレーだ。こういうやり方を僕は尊敬できない。



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