パリに行きたいか 日本代表が、おそらくは日本人の99.9%が一生行くこともないと思われるタシケントで、ウズベキスタン代表と後のない戦いを繰り広げた同じ日、ドイツのハノーファーではドイツ代表が予選リーグ最終戦で何度めかのワールド・カップ出場を決めた。 ヨーロッパ予選リーグ第9グループ、2位のウクライナに勝ち点で2点の差をつけているドイツは、この試合で引き分ければフランス行きが決定するのだった。逆にドイツが負け、ウクライナが勝てばウクライナが逆転でワールド・カップ出場を果たすことになる。この試合でドイツがすべきことはとにかく負けないこと、ただそれだけだった。 相手はこの日まで予選リーグ1勝1分7敗の最下位アルバニア、しかもホーム・ゲームである。だれが見てもドイツのワールド・カップ出場は試合前から決まっているようなものだった。相手に得点を許さない、主力の多くを故障で欠いているとはいえ、それはドイツ代表にとって難題という訳ではなかったはずだ。 事実前半を終わって0対0、ドイツは点を取る必要がないのだから楽なものである。ところが後半ハプニングが起こった。アルバニアがカウンターからゴール前にあげたセンタリングに、この日欠場したクリンズマンに代わって主将を務めていたコーラーが、あろうことか、見事に頭で合わせてしまったのである、自軍のゴールへ。 クリア・ミスと言うには余りにも見事なヘディング・シュートであった。これを境に試合は荒れた。悪いことにウクライナが前半を終えて2対0で勝っているという情報も入ってくる。ドイツの戦い方は一変したと僕には映った。前半から終始ボールを支配しながら決定打の出ない緩い試合、それはまさに無理して点を取りに行くことはない、今日は守りのゲームなのだという「方針」の賜物だったと思う。しかしその前提が自殺点でもろくも崩れた。何としても1点取らねばならぬ、欧州選手権で優勝した大ドイツがワールド・カップに予選落ちでは話にならないのだ。 結果から言えば、その後ドイツは2点をあげ逆転した。アルバニアは今度は自力で追いついたがドイツが突き放し、もう一度追いついてやはり引き分けかと思ったロス・タイムに、ドイツがもう1点をあげて結局4対3で、ドイツが無事勝ち試合でワールド・カップ出場を決めたのだった。 確かにひどい試合だった。後半の残り20分なんて5分毎に交代でゴールが決まるでたらめさだったし、3対3でロス・タイムに突入し、格下のチーム相手に露骨にボール回しで時間を稼ぎ始めたドイツ代表に、スタンドからは激しいブーイングも出た。しかしそれでも僕は思った、こいつらはサッカーを知っているのだ、ワールド・カップを知っているのだと。 日本代表が韓国戦に負けた後だったかカザフスタン戦に引き分けた後だったか、GKの川口が、残り10分で1点リードしているときにボール回しで時間を稼いででも勝ちきるのだという意思統一ができていなかったというようなことを語っていた。その通りだと僕も思った。だがもしそのような意思統一が事前にきちんとなされていたら、日本の観衆はその勝ち方を果たして祝福しただろうか。 ドイツにせよ、イタリアにせよ、ブラジルにせよアルゼンチンにせよ、そうした国々では、これまでにもう嫌になるほどそんな試合が繰り返され、積み重ねられてきたに違いない。そうした中で彼らは、自分の国のサッカーとはどのようなサッカーなのか、自分の国はどのようにして勝つべきなのかというイメージを、長い時間をかけて国民的合意として形成してきたのだ。 引き分けありの予選リーグを最も確実に勝ち抜くためには、今、この試合のこの局面のこの瞬間に何がなされるべきなのか。ワールド・カップに出るということはどういうことで予選落ちするということはどういうことなのか。そしてワールド・カップに行けばそこでは何が起こるのか。僕がここでイメージというのは、そういうことを、おそらくは何回もの悔しい思いとか泣けるような歓喜とかを通して、国民的な記憶として蓄積して行くことで生まれてくる戦いの系譜そのもののことに他ならない。そして、ドイツのしまらない試合を見ながら、それでもここでは、戦うものにも見るものにもそうした戦いの系譜が確かにバックボーンとして息づいていると僕は感じたのだ。 しかし日本では残念ながらまだ日本サッカーとはどのようなサッカーなのかというイメージができていないのではないかと思う。日本野球についてならおそらくイメージはあると思う。でもサッカーはまだ無理だ。それはJリーグ発足の時のあの浮わついたブームと、その後のすたれ方に端的に現れている。サッカーが日本で国民の記憶と寄り添い始めたのはまだたかだか10年足らずのことに過ぎないのだ。だが、日本サッカーの戦いの系譜が始まっていることは確かである。あとは時間をかけてそれを継いで行くしかないのだ。そのようなバックボーンこそが監督の人選を裏付け、戦略を決定し、戦術を導いて行くのだ。 日本は紛れもないサッカー後進国だ。その国が先進国に追いつくには長い時間と紆余曲折が必要だ。Jリーグではいくつかのチームが経営が立ち行かずに消えて行くに違いない。ワールド・カップだって今回はもう無理かもしれない。だが戦いの系譜が確かに受け継がれて行く限り、日本サッカーの未来は捨てたものではないと僕は思っている。日本人は既にサッカーの罠にはまってしまっているのだから。 1997-2002 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |