logo Gomes The Hitman / at Astro Hall / 2003.10.18


今いちばん大切にしている曲、そう言って山田稔明は「そばにあるすべて」を演奏した。それはまるですべてのピースが本来あるべき場所にぴったりと収まって行くのを見るようだった。アルバム「omni」からこの日のライブの本編で演奏されなかったほとんど唯一の曲、それがアンコールの一曲目に歌われることで、すべてのリングは互いに呼び合い、ひとつながりの長い鎖を形作って行ったのだ。

こんな世界にひとつでも守るべきものがあって救われてる。それは苦々しい認識だ。そこにある世界は決して自分の望んだものではなく、それどころかそれとはほど遠い薄汚れた黄昏の国だけど、それでも自分には何か寄りかかるものがある、それを守ることで自分が今ここにいることを確認できるよすががある、そういう「踏みとどまる理由」のことを山田は歌っている。

そう、踏みとどまる理由は僕たちが見た虹色の夢の中にあるのではなかった。いつ実現するのかも分からない遠い理想の彼方にあるのでもなかった。それらを信じることで僕たちは確かに長い道のりをドライブしてきたかもしれないが、その結果たどり着いたのは僕たちが思い描いていたのとは随分違う、暗く、淋しく、寒々とした場所だった。そのような場所で、僕たちはままならない日常を生きることを余儀なくされているのだ。夢で何度も掴みかけた、ずっと僕が探してたもの、それが何かも、もう、忘れていた。

しかし、それでは僕たちの生きる意味はどこにあるのだろう。僕たちは何のために「踏みとどまって」いるのだろう。それはおそらく些細なものだ。僕たちが守るべきもの、僕たちが帰るべき場所、それはおそらく、僕たちのすぐそばにあって、僕たちが毎日何の気なしに通り過ぎている些細なものすべてだ。日常の中にあって、大げさな感動の涙よりはふっとこぼれてしまうささやかな微笑みのような、さざ波のような日々の泡こそが僕たちを「今ここ」に結びつけているのに他ならない。

この日、ハイライトはいくつかあった。音楽的には「california」の恐ろしいほどバッチリ決まっていたアップダウンのギアチェンジが、バックの映像とのシンクロも含めて何より素晴らしかった。マイ・ブラディ・バレンタインの影響を感じさせる耽美的な前半と目眩のようなスピード感の後半、その鮮やかな対比は確実にこの日のベストだった。

山田が見た夢のように宙を舞った色とりどりの風船も美しかった。最初は遠慮がちに、しかし次第にあちこちから解き放たれ、手から手へとバウンドしながらステージへ運ばれて行ったいくつもの風船、それはこの日のライブの幸福な一体感と、控えめではあっても確かな信頼感をそのまま象徴していたように思えた。

だが、この日のライブで一番重要なことはやはり、山田がアルバム「omni」でたどり着いた、透徹した視点が終始彼らの演奏を貫いていたことだろう。静かに響く歌に耳を澄ませるような、凛とした張りつめた空気がそこにはあった。僕たちを導いていたのは、情緒的で湿っぽい物語ではなく、山田が空中に解き放つ言葉のひとつひとつ、そしてその強さが僕たち自身の中に喚起するそれぞれのイメージやシーンだった。

ただ、そのようにこの日のライブを振り返るとき、「omni」からの曲とそれ以前のアルバムからのナンバーの間にはどうしてもある種の落差を感じない訳には行かなかったことも事実だ。もちろん、それ以前のネオアコ然とした曲もいかにも楽しく、まぶしく、愛らしい。そしてそうした営みがなければ「omni」もなかったということは僕にもよく理解できる。だが、「mono」がキラキラしたネオアコ的世界から内省的な現実認識への転換点に当たるアルバムだったとすれば、「omni」はそれをさらに言語的にも音楽的にも昇華したひとつのメルクマールとなる作品だ。山田自身が「このアルバムでデビューしたい」と語るほど、「omni」は確実に過去からの連続性に立ちながらも、そこから「跳んで見せた」アルバムなのだ。この日のライブを見て、そして山田が「そばにあるすべて」につけたコメントを聞いて僕はそれを確信したし、僕はゴメスがこれから交わそうとする約束を見守りたいと思った。

omni-ism 2003 / Gomes The Hitman / at Astro Hall / 2003.10.18



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