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SCRATCHより親愛なるSilverboyへ 元気にしているかい?

1月20日、僕は東京駅を18時44分に出る東北新幹線に乗った。

会議がもっと早く終わってくれたら、ちょっとは余裕をもって行動できたんだが、僕が会社のドアを飛び出した時はもう、少しでも早く会場に辿り着くために手段を選べる時間ではなかったんだ。新幹線で大宮までは20分少々。着いたら現地で当日券も買わねばならない。残念だがきょうは開演には間に合わないだろう。だが、それでも僕は行くのを止めようとは微塵も思わなかった。僕が何故、そんなに無理をしてまでも大宮のステージに行こうとしたのか。Silverboy、君ならきっと解ってくれると思う。それは府中のステージのせいだったんだ。

前回のメールにも書いた通り、府中でHKBは新たな核分裂を起こし始めているように僕には思えた。だけど、それは府中では決して聴く側に、少なくとも僕に、必ずしもいい印象ばかりを与えるものではなかったんだ。

府中のステージの音響は、はっきり言っていままでの4会場中で最悪だった。2,000人も入るという大きなホールなのに、1曲めからまるでライブハウスかと思うほど佐野の声が聞き取りづらかった。僕が思うに理由は2点考えられる。ひとつは会場の音響特性の問題。府中の会場は、いままでの4会場中で最も反響がきつかったように僕には感じられた。最初は僕がスピーカーに近いからそう感じるのかと思っていたがどうもそうではないらしい(実際横須賀で僕はもっとスピーカーに近いところにいたが、こんな風には感じなかった)。そしてもうひとつ。楽器の音が大きすぎるんだ。特にキーボードは"でかい"を通り越して"やかましい"といえるほどの音量で、時としてドラムの音すらも翳んでしまうほどだった。もし、何も知らない人が観たら、こいつらは誰が一番でかい音を出せるかということに晩飯でも賭けてるんじゃないかときっと思ったことだろう。

客席に声が届きづらかったぐらいだから、きっと佐野本人にも自分の声が聞こえていなかったに違いない。佐野は唄いながら、何度も人さし指を上へ上へと突き上げ、モニタースピーカーの音量をあげろと指示する。でもそれは、当然ながらステージ上では音同士のぶつかり合いを生み、ハウリングという形で客席に返ってきてしまうんだ。実際佐野が指示を出すたびに、ハウリングの音は大きくなり発生頻度も上がっていったように僕には感じられた。これは問題だと僕は思ったよ。個性のぶつかり合いはいいことだ。だけど、それが聴く側に一様に不快感を与えるならそれは演奏者のエゴにしかならない。だが、ライブの途中、佐野は客席に向かってこう言ったんだ。

「みんな、さっきからマイクがピーピーいってうるさくてごめんね。でも、僕らは大丈夫だから。バッチリ演奏するからね。」

僕は今まで、いくつものライブで佐野がハウリングに悩まされる姿を見てきた。時にはあからさまに不快感を顔に出し、またある時には曲が終わらないうちに凄い形相でPA卓へ駆け込み、そんな姿を何度も見てきたんだ。でもその佐野がこの状況をOKだという。何の問題無いと。

僕はステージプロデューサーとしての佐野を信じているし、プレイヤーとしてのHKBを信じている。こいつらは何かやろうとしているのかもしれない。これが新たな核分裂の始まりなのか。だとしたら見のがす訳にはいかない。

僕はそう思ったんだ。

僕が自分の座席に辿り着いた時、ライブはまだ始まっていなかった。僕は今度のツアーについては、かなりラッキーな星のもとにあるみたいだよ。

場内にメンバーが登場し配置につく。そして1曲め。この曲が始まってすぐ、僕の瞳孔は全開になってしまったんだ。

「ヤング・フォーエバー」

この曲には格段変わったライブアレンジは施されていない。シングルだという意識もあるのだろうか、メンバー各自がフレーズの合間に細かい細工をちょっと挿む程度で、大筋としてはアルバムやシングルと変わらないサウンドが展開されている。だがしかし、時としてそういう曲が、バンドのその時の状態を的確かつ如実にあらわしてしまうことがある。この日のこの曲がまさにそうだったんだ。

この曲のイントロは、ギターが2小節弾いたリードのフレーズを次の2小節でベースが弾くという、いわばリードの掛け合いのような形で構成されている。それだけにギター佐橋、ベース井上の音は否応無く前面に出されて曲の大筋を決定づけることになるのだが、この日前に出てきた井上の音は、今まで4本観た中で(市川ではこの曲に間に合わなかったからね)最も派手で、硬くて、強くて、でかい音がしたように僕には思えたんだ。

僕は井上富雄というベースプレイヤーを、地味なプレイヤーだとは決して思っていない。確かに一見、派手な真似をしない男のようにみえるが、それはそのプレイがとても基本に忠実であることと、ギミック的な子供騙しのテクニックを使わないことがそう感じさせるだけで、音色としてはどちらかといえば派手なベーシストだと思っている。ただ、彼自身は性格的にシャイなのか(あるいはそういう振りをしているのか)、前に出て大見栄を切る役目は他の誰かに任せて自分はその陰でこっそり好き勝手をやる、という役割を好んでいるように僕には感じられる。KYONと仲良くツルんでいるのは、その音楽的指向が似ているということがもちろんイチバンだろうけど、前に出るのが大好きなKYONのその役を任せておけば自分は後ろで楽々と好きなことができる(逆にKYONの側からすれば後ろの固めを任せ切って前でいろいろやれる)といういわゆる"くみしやすい"という部分があるんじゃないかと僕は踏んでいるんだ。

その井上が、誰の目からみても明らかなほどきょうは自分から前に出てきた。しかもライブのしょっぱなから。キーボードもドラムも、府中の時ほどではないにしろかなりの音量を出しているというのに、きょうはその中からベースの音がくっきりと、いちばん前に浮き上がって聴こえてくるんだ。あの井上が本気で前に出ようとしている。僕は直感した。「こりゃあやっぱり核分裂だ。」

HKBが突入した新局面は、おそらく6人それぞれをものすごい勢いで加速させているんだと思う。その結果井上も、もう陰でこそこそやっている場合じゃないという結論に達したのだろう。Silverboy、僕が府中で感じた通り、HKBはまた新しい空間に向かって拡散を始めたみたいだよ。

井上はこの曲以外の曲も絶好調だった。KYONも佐橋も、時には佐野さえも抑えて、先行逃げ切りのサラブレッドみたいにどの曲も疾走していた。あんまり勢いがついてるんで、そのうちルースターズの頃のように開脚ジャンプを始めるんじゃないかと僕はハラハラしたよ。まあ、そうなったらなったでそれも面白かったかも知れないし、少しだけ観たかった気もするけどね。

最もかっこよかった曲は、僕の大好きなあの曲だったんだが-この日はその曲で佐野が5日間中最高のシャウトを聴かせたんだ。君にも聴かせたいくらいだったよ-惜しいことにKYONが最初のキメを外したんだ。だからこの曲の話はきょうは止めておく。でもこのままいったら、早晩この曲の話もせざるを得なくなりそうだよ。

そうそう、心配された音響だが、完璧とまではいかないが府中に比べればかなり改善されていた。相変わらず各楽器の音は大きいが不快感は感じなくなったし、佐野のヴォーカルもよく聴こえていた。そればかりか不思議なことに、過剰なほど大きいKYONのオルガンの音の向うに何かが見えたような気がしたんだ。蛹を破って出てくる蝶の羽のような何かが。僕が見たものは何だったんだろう。Silverboy、君はどう思う?

最後に、この日僕にとって最大のヒットともいえる、いかにも佐野らしいカワイラシイMCの内容を君に教えるよ。

佐野のいち推しナンバーである「ロックンロール・ハート」が中盤のヤマ場に演奏されていることは、何度かメールにも書いている通りだ。佐野はこの曲が始まる前には「この曲のフレーズは簡単で誰にでも唄えるから、気分がノッてきたらぜひ一緒に唄って欲しい」という内容のMCを必ず入れて、会場の空気をひとつに纏め上げてから曲に突入していく。大宮では、そのMCはこんな風に展開された。

「この曲のフレーズはとっても簡単…とっても簡単。誰にでも唄える。誰にでも。例えば、きょうこの会場に集まってきてくれている、2歳の人がいると思うんだ!!……まだ僕の言葉は解らないか(場内爆笑)。4歳の人がいると思うんだ…(子供の声の反応は無く、大人の男の野太い"イエーイ"という声が入る)どうもありがとう。(場内大爆笑)」

どうだい。ふるってるだろ。でも、佐野がどうしてこんなことをいきなり言い出したか、僕にはとてもよく解ったような気がしたんだ。今回のツアーはこれまでのツアーに比べ、会場によっては子連れの姿が非常に多く見受けられている。前回の府中では僕の近くに乳児を抱いた女性がいたし(スピーカーが近かったので大丈夫だろうかと他人事ながら心配したよ)、相模大野(市川だったかもしれない)では明らかに幼児と判る声で「センパーイ!」という掛け声がかかったりもした(多分親が言わせてるんだろうとは思うが、万が一当人のシュミだったらめちゃくちゃシブイお子さんだよな)。佐野はおそらく、どこかでそういう客層に関する情報をキャッチしたのだろうと思う(府中の女性などはかなり前の方だったから、あるいはステージから見えていたのかもしれない)。そしてきっとそれが嬉しかったんだ。だからこういう振り方をしたら、会場に子供の可愛らしい声が響いて場内が温かい雰囲気になると考えたんだろう。でも残念ながら、大宮の会場には子供の姿はほとんど無かったんだ。ウィークデーに大都市で行われたライブだからね。どう考えても子供が多いとは思えない。僕は佐野と話ができるなら、このMCを今度使う時は大都市じゃなく近郊都市か地方都市で、ウィークエンドにやったらきっと成功するよって助言したい。

それにしてもTVで西本を持ち上げた時といい今度といい、佐野って本当に愛すべきキャラクターだと思わないか。カワイイやつだと思うよ。もっとも本人にそんなこと言ったら「馬鹿にするな」って怒られるかもしれないけどね。

次は遠征だ。京都会館に行ってくる。今度のチケットは本来ならば君が行くはずだったのものだから、そのことを肝に銘じて、Silverboy Clubコレスポンデントとして恥ずかしくない善行を積んでくるよ。君が美味いと薦めてくれたラーメン屋にも必ず寄ってくるつもりだ。

それじゃ。また今度。


親愛なるSCRATCHへ メールどうもありがとう。

大宮まで新幹線に乗って行くとは僕も驚きだ。キミのそのエネルギーはいったいどこからわいてくるのだろう。

僕は一つのツアーにずっとついてまわったことがないから、バンドの演奏が少しずつ成長して行く様子を目の当たりにすることは今までなかった(そういえば大阪フェスティバルホールで3日連続の公演を見たとき、佐野元春が「Rock & Roll Night」の歌詞を致命的に間違った翌日、この曲のアレンジが劇的に変えられていたことはあったかな)。その意味で今回のキミのレポートはとても興味深い。

京都は僕が大学生として5年間を過ごした街だ。僕が「自由」について考えるとき、僕の頭の中に広がっているのは今でもあの街の景色でありあの街で過ごした時間だ。その街でキミが次はどんな宝石を見つけてきてくれるのか僕はとても楽しみにしている。

ではまた
Silverboy



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