logo THE SONGWRITERS なかにし 礼


■ NHK総合「THE SONGWRITERS」
■ 2012年11月30日・12月7日放送

実質的に最後のゲストに作詞家のなかにし礼を迎えた。この番組ではフォーク、ロック、ヒップホップといったサブ・カルチャー系のソングライターをゲストに迎えてきたが、なかにしは1960年代から歌謡曲の世界で数々のヒット曲を手がけてきた大御所。最後に日本のポピュラー音楽の真ん中で戦ってきたなかにしに話を聞くことになったのは興味深い。

この時期、なかにしは食道がんが緩解、休止していた活動を再開したところだった。放送時には既に74歳だった訳だが、背筋を伸ばしユーモアも交えながら淀みなく語る姿は、作詞のみならず作曲家、作家、ラジオ・パーソナリティなどマルチに活躍したこの人の自信と矜持を見る思いのする堂々としたものであった。

番組は佐野となかにしの丁々発止のやりとりというよりはなかにしの「お話を伺う」というトーンだったが、それでもなかにしの語り口には年寄りの自慢話めいた尊大さは感じられず、創作家として商業的な要請の中で実績を残し続けた者だけが語り得る力のある言葉が多く聞かれた。

「注文を受けて作詞を始めるが、いざ書き始めたら自分との対決であり他人の意図は介在しない。そんなものを介在させたら詞が穢れる」というのもそのひとつである。また「詞と音楽が拮抗するところに詩情(ポエジー)が生まれる」という江戸川乱歩の言葉を引いて「音楽を求める言葉」と「言葉を求める音楽」について語った部分も迫力があった。

代表作のひとつである『時には娼婦のように』についてのエピソードも興味深かった。敢えてモラルに挑戦した作品であり、性的な描写を含むため一部の放送局からは事実上放送禁止になったが、NHKからラジオで歌詞を朗読してくれと依頼があったという。歌としては卑俗であり放送に耐えないが、純粋詩としては許容されるという理屈で、なかにしはそれに応じ朗読したと語った。この歌詞と純粋詩の位相の違いについては掘り下げて欲しかった。

学生とのワークショップでは、なかにしの過去の作品から一行を抜いて学生に示し、そこに自由にフレーズを入れさせた。なにか新しい表現がそこから立ち上がってくるというダイナミズムはなかったが、ヒット曲の歌詞というものがどう書かれているのかが本人の口から語られるのは貴重だったし、学生の作品に対するコメントも率直で愛情があった。

学生からの質問で「あとから書き直したいと思うことはあるか」との問いに「世に出した時から作品は作家の手を離れる。書き直すということはしたことがない」となかにしは答えたが、それでもなお「ああ、あれはこう書けばよかった」みたいな後悔はないかというのが学生の質問の意図ではなかったかと思われ、ややすれ違いを感じた。

なかにしが2020年12月に亡くなったことを思えば貴重なパブリック・アピアランスだったのではないかと思う。この番組の実質的に最後のゲストに、「流行歌」の側の大御所からある種の「覚悟」について話が聞けたのは大きな意味があったし、それを引き出した佐野の敬意ある進行も素晴らしかった。

(2021.11.14)



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