logo THE SONGWRITERS 中村 一義


中村一義は1997年にデビューしたミュージシャンであり、100s [Hyaku-Shiki]というバンドのフロントマンとしても活動していた。デビュー時に一部でかなりセンセーショナルな持ち上げられ方をされたため興味をもって聴いてみたが、裏声での歌唱を受けつけずそれきりになっていた。佐野元春とは長く交流があり、佐野が主宰するショーケース・ライブに出演したり、2020年に「Café Bohemia」の再現ライブに出演するなど縁は深い。

番組を見てまず印象に残ったのは中村の表現者としての真摯な、というか生真面目な姿勢だ。特にそれを感じたのは、佐野から「僕は中村さんの音楽を精神の浄化、ある種の祈りだと感じるがどうか」と問われたときに、「まったく否定はしません」と即答した後、長い沈黙に導かれて「でも…」と話し始め、「肯定もしない、かな…」と付け加えたやりとりだった。

中村は佐野とは20歳違い、音楽的にも佐野の影響を受けたアーティストである。敬愛するアーティストからの言葉に対して長い思案の後に「肯定もしない」と絞り出すように答えたところに、彼自身の表現に対する向かい合い方を見た気がしたのだ。

彼がそれに続けて説明したのは、彼自身「生活主義者」であり、そこで興味があるのはコミュニケーションであり、「日々のみんなの心の曲」であるということ。この「生活主義者」という自己規定には深く肯かされるものがあった。

中村は別のところでも「生活に密着した、音楽になる前の『音』に興味がある」と語っていて、この「生活」という言葉はおそらく中村の音楽の中核をなす概念のひとつなのだろうと思う。

僕たちの会話を録音して文字に起こしても普通はまったく文章にならない。そこには繰り返しや意味のない間投詞が頻繁に現れ、主語と述語は呼応せず、言葉の断片が投げ出される。しかし僕たちはそういう言葉で分かり合い、コミュニケーションは成立している。中村の言葉はそういう意味での口語を歌にして歌う。そうした直接性、身体性はこの「生活」「生活主義者」というタームをフックにするとストンと腹に落ちる思いがする。

中村の歌詞は時として僕たちのふだんの会話を文字起こししたもののように見える。歌詞としての完成度よりは言葉、コミュニケーションとしての通用性、即時性、直接性に信頼した生(き)の強さを持っている。そのことを中村はこの番組を通じて示し、問うた。そういう意味で中村の生真面目さがこの番組のライトモチーフであった。

デビュー曲『犬と猫』が冒頭「どう?」というシンプルな問いで始まることについて、とにかく強さを求めたと中村は言う。「問えるものはどんだけでも問いたかった」「共有点を使ってもっと短く」「言い切りたかった」という中村の直接性への希求は感動的ですらあった。

学生からの質問で「思考が止まったときどうするか」と問われた中村は「信じるものを確認する」と答えた。それは「何が本当か分からなくなったときにはどうすればよいか」と問われ「初期衝動を信じる」と答えたサンボマスターの山口を思い出させるものがあった。その率直さ、強さに正直ちょっと涙ぐんでしまった。

「約束」という言葉で終わる一行詩を学生から集め、それを組み合わせて曲を作るワークショップも興味深かった。学生たちがそれぞれの思いを込めて書いた一行詩が、それぞれ選ばれ組み合わせられると、そこに新しい意味の流れが生まれ、それがまた元の思いと呼応し合って重層的なイメージが形成されるさまは、佐野や中村のふだんの孤独なソングライティングとも違ったスリリングな感覚があったし、それを「すげぇ」というサビで止揚した中村のアーティストとしての力量にも唸らされた。

「守る方じゃなく叶える約束だろう」という中村の言葉には生活主義者としての矜持があり、「煎じ詰められた」表現だけが持つ強さがあった。究極まで凝縮された物質はブラックホールとなりその巨大な重力で周囲のすべてを引き寄せる。表現者としての中村が向かう方向はそっちなのかもとすら思った。

(2021.9.29)



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