logo THE SONGWRITERS 2nd Season Vol.7 / Vol.8 岸田繁


名前は知っていたが、実際には音を聴いたことのないくるりというバンドのフロントマンでありソングライターの岸田繁がゲスト。

番組を見ていて感じたのは、岸田という人は徹底して自分の実感から直接立ち上がる言葉を重視しているのではないかということだ。岸田自身も「五感を大事にしている」と話していたとおり、宙に浮かぶ言葉を自分の実感という具体性を通じて接地させる作業こそが岸田にとっての作詞という営みなのではないか。

それはもちろん、書かれていることがすべて岸田の実体験であるということを意味するのではない。五感とはいうものの、実体験、実際に見聞きしたものからしか物語を紡げないのでは、そのアーティストの想像の源泉は早晩干上がってしまうだろう。そうではなく、実体験であろうが夢想であろうが妄想であろうが、そこを通過してくる言葉がいかに自分自身の中でリアルなものとして居場所を確保できているかということが重要なのだ。

それは岸田の訥々とした関西弁の語りの中にも窺い知ることができた。番組が始まってからワークショップまでの岸田は明らかに表情も発言も固く、そこには何か面白いこと、気の利いたことを言ってやろうといったような作為は見られなかった。岸田は、空中戦のような言葉のやりとりよりも、自分の内にある思考の塊のようなものをいかに正確に言葉という形に整理し、外界にリリースするかということだけを考えているように見えた。

番組後のインタビューで岸田自身が「しゃべるのが苦手だからミュージシャンになった」と告白していたように、ふだんの曲作りとは勝手の違う自己表現のプロセスに戸惑い、緊張しながらも、誠実にそのプロセスに取り組もうとする意志がはっきりと感じられて好感が持てた。それはまさに、自分の中に確かな足場を持つ言葉を探して捕まえようとする彼の創造のスタイルと通底するものであったのではないかと思う。

ワークショップも興味深かった。今回のワークショップでは、岸田の曲の中から歌詞の1行を抜き出し、それに続く歌詞を1行ずつ、聴講している学生から引き出して連詞を完成して行くというものだったが、ここでは学生たちの言葉への向かい合い方も含めて非常に興味深く、スリリングなセッションが展開されたと思う。

学生たちの提出する連詞は、時として前の行を直接受けたありきたりなものであったり、あるいは殊更にエキセントリックな飛躍であったりするが、そうした「ベタ」と「シュール」の間で無限に広がるグラデーションの広野の中に、表現として成り立ち得る言葉の隙間を探る作業は、おそらく学生たちにとってチャレンジングな体験だったのではないだろうか。

そしてまた、いくつかの候補から1行を選んで決定して行く岸田と佐野のかけ合いも見事だったと思う。かなり直感的、即興的に歌詞を選び取る作業は、しかし実は彼らがふだん自分の中でしている作詞の営みと結局のところ同じだったのかもしれない。

そして面白かったのは、彼らの選んだ1行が、往々にして、決してそれ自体としては深く考えられた訳でも、表現として優れている訳でもない、あるいは学生の自意識が強く表れた作為的なフレーズだったりしたことだ。そして、それにも関わらず、最終的に4行なり8行なりの歌詞ができあがってみると、そうしたフレーズもまた全体の中の欠かせない1行のように思えてくることだ。

このころになると岸田の緊張も徐々に取れたのか、ギターを抱えて歌ってみたことがよかったのか、岸田も饒舌になり笑顔も見られるようになったと思う。

質疑の中では「ロックンロール」という言葉に対する言及が示唆的だった。ロックンロールはチャック・ベリーやボ・ディドリーらが作り上げた音楽のスタイルの名前であって、そこに文学的なニュアンスをくっつけてその意味を曖昧にしたくないという岸田の説明には説得力があった。僕自身はむしろ、ロックンロールとかロックという言葉を文学的に使いすぎる方だと思うが、説得概念として修辞的に特定の術語に過剰な意味を持たせることのリスクを認識させられた。岸田からこの答えを引き出した質問が秀逸だった。

全体としては岸田の表現に対する生真面目さが番組のクオリティを上げたと思う。見応えのある60分だった。



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