silverboy club presents disc review
my shopping bag september 1999




H.M.S. FABLE Shack

ドイツでなかなか発売されないこのアルバムを買いにロンドンまで行こうかと本気で考えたシャックの3枚目のアルバム。シャックはマイケル・ヘッドがペイル・ファウンテンズ解散後に結成したバンドだが、商業的な成功を得られないまま、2枚のアルバムを残して(2枚目はお蔵入りとなっていたものをドイツのマリナ・レーベルが発掘してリリース)表舞台から姿を消していたのだった。その間マイケル・ヘッドはドラッグで廃人に近い生活を送っていたとかいないとか。

そのシャックが、突然NMEで特集されたのは今年の初夏のことだっただろうか。僕はその記事をよく読みもせず、NMEが彼らを惜しむ、ラブ・コールのようなものだと思っていたのだがさにあらず、シャックはメジャーからこのアルバムをリリースして、堂々たる現場復帰を果たしてしまった。人に歴史あり、バンドに曲折あり。これはしかし、そのような経緯や思い入れを一切抜きにしてもこの99年のシーンの中で語られ得る優秀なロック・アルバムだ。

そこには世をすねたような斜に構えた部分はまったくない。ソングライティングというのはこういうふうにやるんだぜとでも言わんばかりのポップな楽曲、巧みなアレンジ、だがそれはこれでしか自分の生を確認できない男のギリギリの勝負球でもある訳だ。食うために、生きながらえるために、ここにしか戻る場所を見出せない男。僕たちはそれをロックと呼ぶのであり、それが何よりも美しい音楽として結実する瞬間の奇跡を愛している。そういうアルバム。9点。


TEMPERAMENTAL Everything But The Girl

そういえばこのホームページではエブリシング・バット・ザ・ガールについてまだ何も書いたことがなかったなあ。マリン・ガールズでみずみずしい歌声を聞かせていたトレイシー・ソーンが、ベン・ワットと組んで始めたこのユニットだが、彼らは初期のあまりにナイーブなネオアコからゴージャスなAORを経て現在のドラムン・ベースまで、そのスタイルを変化させながらサバイバルを図ってきた。僕個人としては初期の彼らに思い入れがあるが、前作は結構ヒットしちゃったようで。

彼らの音楽の特質というのはどんなにオーケストレーションを分厚くしてもそこに立っている「変な顔の二人」の存在が際立っていることだ。それはコミュニケーションの楽天的な肯定であるよりは、音楽の美しさや切なさで現実のディスコミュニケーションを代替するかのような音楽至上主義であり、逆に言えば音楽は彼らが外界とつながっているための唯一の蜘蛛の糸なのだ。だからどんなにバック・トラックが変わっても、そこには常に妥協を許さない張りつめた音楽の瞬間があるのだ。

前作で初めて彼らのハウスを聴いたときも、僕にはそのスタイルの変化がよく理解できたし、それを彼らの音楽として受け入れることができた。彼らがディスコミュニケーションを抱え続ける限り、トレイシー・ソーンの歌声はエブリシング・バット・ザ・ガールとして響いて行くだろう。互いの過剰で互いの欠損を埋め合うのではなく、同じ種類の過剰と欠損を持ち寄ってより大きな過剰と欠損を手にした二人。だからこそ彼らは離れ難くその過剰と欠損を歌い続けて行くだろう。8点の竹か梅。


ANOMIE & BONHOMIE Scritti Politti

ひとことで言ってスクリッティ・ポリッティはサイボーグだと思う。例えば、地球の人口が50億だか60億だかになって、これ以上人間なんかいらないというときに、それでも何とか完璧なサイボーグを作ろうとするマッド・サイエンティストの情熱のような、人間そっくりのサイボーグができてももう肝心の人間の方があり余ってるんだからそんなものいらないですよ博士という類の不毛さ。でも、そのサイボーグが生身の人間ゆえの不完全さから自由な、人間以上に完璧な人間だったらどうする?

グリーン・ガートサイドには、外の世界が60億の人間であふれていることなどどうでもいいのだ。そうやってできた完璧なサイボーグが実際に何の役に立つのかすらどうでもいい。彼にとって重要なのは人間以上に完璧な人造人間を作り出すこと。フェイクがフェイクゆえにリアルを越えたリアルになる瞬間、その瞬間の至福をグリーンは追い続けているのだと思うし、80年代に彼が残した何枚かの傑作アルバムはまさにその可能性を実証して見せたのだった。

で、その博士の異常な愛情が11年ぶりに生み出したアルバムがこれ。フェイク臭さはぷんぷん漂っているが、それが確かな音楽的才能に裏づけられているからもちろん聞き流すこともできる。今となっては極めてまっとうなポップである。むしろグリーンは、そうやって生み出した完璧なサイボーグが、何食わぬ顔をして普通の人間にまぎれて生活することを望んでいるのかもしれない。およそ熱というものを感じさせない「涼しい声」が僕にそんなことを考えさせた。7点。


PHILOPHOBIA Arab Strap




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