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THE APPLE BED Nick Heyward

ニック・ヘイワードがクリエーション・レーベルに移籍して発表した最初のアルバムだが、とにかく随分力強くなったなというのが最初の印象だ。もちろん彼一流のソング・ライティングのセンスは随所に表れているのだが、曲によってはとにかくギターがこれでもかというくらいラウドに鳴っているのだ。インナーによればギターはすべてニック・ヘイワード自身が弾いていることになっているが、こんなにギター上手かったっけというのが率直な感想。

ニック・ヘイワードという人は僕の中ではギタリストというより一種のポップ職人であり、むしろロック的情熱の対極にあるソフトな音像の中に遠い少年期の憧れのようなものを巧みに滑りこませる確信犯であると思っていたのだが、いつになく元気にギターが鳴っている本作では、彼がこれまで封印してきたギター少年的なロックン・ロールに対する感情があふれ出てきたかのようだ。ニック・ヘイワードがこれほど生き生きと楽しそうに音楽を組み立てているのは実際のところヘアカット100以来ではないだろうか。

これまでのソロはもちろん非常に上質でよくできたポップだったが、そこには何か世をすねたような、とにかくいい音楽を作っていればそれでいいんだろといったようなある種のデタッチメントがあったと思う。そんな彼の音楽に対する生の興味をもう一度呼び戻したという意味で、アラン・マッギーはやはりただのレーベル・ビジネス・マンではなかったということだろう。繰り返して聴きたくなる好アルバム。8点。


LENNON LEGEND John Lennon

レビューする予定はなかったんだが、聴いたら何か書かずにはいられなくなった。ビートルズのソロ・ワークはほとんどノー・チェックで、だからこそこのジョン・レノンのベストも買ってみた訳だが、驚くべきことにここに収録された曲は全部知っていた。もちろん僕にとってビートルズは第一にジョン・レノンだが、彼のソロはどうも頭でっかちで説教臭くて、どうも素直に楽しめなさそうで敬遠していたのだ。

ところがこのベスト・アルバムを聴いてあらためて感じたことは、厳然としてあるそうした説教臭さにもかかわらず、一つ一つの曲そのものがポップ・ソングとしてあるいはロックン・ロールとしてきちんと完成されているということだ。「マザー」にしても「マインド・ゲームス」にしても、「ギブ・ピース・ア・チャンス」さえもが、メッセージ云々に関わらず、単純な歌としてとても強い印象を残して行く。

逆に「ウーマン」や「ハッピー・クリスマス」といったポップな曲も、心の中の深い場所を直接つかんで揺さぶるような感銘を与える。結局ジョン・レノンという人は、どんな曲を作っても人の情動に直接訴えかけるような強い表現の力とでもいったものを備えていたのだとしか言いようがない。例えばビートルズとして発表された「フリー・アズ・ア・バード」や「リアル・ラブ」にもそうした運命的で劇的なモメントはきちんと残されている。まるで聖痕のように。採点対象外。


THE CROCK OF GOLD Shane MacGowan & The Popes

これは悪くない。すごくポップだしシェーン・マクゴーワンの持ち味であるトラッド臭さはきちんと出ているしスピード感はあるし曲の組み立てもしっかりしている。だがこうやって書いてきて気づくようにそれじゃそれは結局ポーグスじゃないの?という疑問はもちろん出てくるだろう。そして誤解を恐れずにあえて言うなら、そう、これはポーグスそのものである。ポーグスとはシェーン・マクゴーワンだったのだ。

もちろんシェーンは自ら新しい表現を追求したいなどといってバンドを飛び出した訳ではない。彼のアルコールとドラッグへの傾斜に耐えかねたバンドのメンバーがシェーンの首を切ったのだ。バンドはその後もジョー・ストラマーを臨時のボーカリストにしたりして活動を続けたし、それは結構悪くなかったりもしたが、やはり僕がポーグスに求めていたのは、シェーンの飲んだくれた魂しか描くことのできない破綻と日常のぎりぎりの接点から生まれる歌だった。

シェーンはそうした曲折を乗り越え、何食わぬ顔でまるでポーグスの続きのようなアルバムを発表し続けている。結局彼にはどうしたってこの音楽しかできないのだし、僕はこの音楽を支持しているのだ。この間すごく久しぶりに「Yeah, Yeah, Yeah, Yeah, Yeah」を聴いたらあまりのかっこよさに腰が抜けそうになった。シェーンの作る音楽が今後のシーンに大きなイノベーションをもたらすことはないだろう。しかしまたシェーン以外にシェーンのように歌うアーティストも現れないだろう。8点つけてもいいが彼にすればアベレージ。7点。


UNFINISHED MONKEY BUSINESS Ian Brown

いいんですか、これ。僕にはどうにも退屈でなじめなかったなあ。思わせぶりなタイトルの割に焦点の絞りきれない煮えきらないアルバム。ロックのビートも、ダンスのグルーブも中途半端で、これがイアン・ブラウンだ、やりたかったのはこれだという意気込みのようなものはまったく伝わってこない。もちろんそのような「意図」がなくても自然体で優れた作品を生み出し得る純然たる音楽的才能というものは世の中には存在するが、イアン・ブラウンにはない。

ストーン・ローゼズが終わって発売された2枚のアルバム、ジョン・スクワイアのシーホーセズとこのイアン・ブラウンのソロ。しかしその2枚を続けて聴いてみても、ローゼズがいとも簡単に奏でていたマジックはもはやどこにも見出せなかった。バンドというものがときに個々のメンバーの才能の総和以上のものを作り出すことができるということをこれほど明快に示す事実もないだろう。もちろんそれはローゼズの業績の大きさを示すものだが、同時にジョン・スクワイアとイアン・ブラウンの「現在」に対して重要な疑問を投げかけてもいる訳だ。

結局ストーン・ローゼズというバンドはあの80年代から90年代に移ろうとする時期の時代性抜きには語り得ない存在であり、そこにおける自閉への醒めた視線こそが彼らのロックをダンス・フロアの孤独な魂と密接にコミットさせていたのだ。そうした精神の最前線とのコミットメントを失った現在のストーンたちの音楽には食指は動かない。厳しいようだが高い点はつけられない。5点で我慢してくれ。


LAZY, SOFT & SLOW Guy Chadwick

緩い。緩すぎる。いくらタイトルがこれだからといって、ここまで弛緩しきっているとは。もともとガイ・チャドウィックという人はハウス・オブ・ラブの時代から澄みきったメロディと深く沈みこんで行くようなギター、彼岸から響いてくるようなボーカルで、ネオ・サイケの残滓を美しいギター・ポップに結実させてきた職人的なアーティストだった訳だが、このアルバムの静けさにはちょっと参ったという感じ。

もちろんこのアルバムでも彼のそうした微妙で繊細な曲作りのセンスは健在だ。そうしたものは時間がたっても色あせようのない彼自身の資質だからだ。だが彼がかつてそうしたセンスを武器に切り込もうとしたシーンやリスナーの方は随分様変わりしてしまった。自分の音楽が今、だれに、どのように届くのか、届くべきなのかという問題意識にあえて背を向けたようなアルバム・タイトルが悪しきデタッチメントの結果でなければいいのだが。

いつ盛り上がるのかと思って聴いていたら結局盛り上がらないままアルバムが最後まで終わってしまったという感じの作品。作品自体のクオリティは決して低い訳ではないが、こちらに働きかけてくる能動的なモメントに決定的に欠ける。浮き世離れした仙人のようなアルバムをロックと呼ぶのは難しい。6点。


DIG MY MOOD Nick Lowe

「Cruel To Be Kind」は誰もが認めるニック・ロウの代表作であり、彼のそうしたポップ・クリエイターとしての資質に対してはかねて高い評価が与えられているところではある。しかし80年代半ばからこっち、彼が発表し続けてきた作品からは一作ごとにブリティッシュ・ポップ臭が抜け落ち、静かな、枯れたものになりつつある。そして、彼の音楽は彼が愛好するアメリカン・ルーツ、中でもカントリーへの率直な憧憬に強く規定されるようになってきた。

本作でもニック・ロウが「歌」を聴かせる。パブ・ロックの流れを汲み、ともかく観客を心地よく酔わせるためのロックン・ロールを奏でてきたのが彼の前半生のキャリアだとするなら、彼は今、自分の歌いたい歌を、自分のために歌うという境地に達しつつあるのではないだろうか。かつてのような軽快さ、調子の良さはないが、経験と愛情によって裏書きされた自分のルーツを静かにかつ自信に満ちて歌う本作には、その年月を実際に生きた者にしか出せない深みをたたえている。

だが、そのようにアメリカに接近しながら、それがべたべたのカントリー・アルバムにならないのは彼の中に色濃く流れるイギリス人の血のせいなのだろう。生身のアメリカに憧れれば憧れるほどイギリス人としての「陰り」のようなものが際だって行く宿命。だがそれらが作品として絶妙のバランスを保ちながら、しかも気負いやあざとさを感じさせない。コステロ&バカラックよりよほど聴かれるべきアルバム。7点。



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