logo 2019年1・2月の買い物




ASSUME FORM
James Blake
★★★☆

Polydor (2019)
7737607

■ Assume Form
■ Mile High
■ Tell Them
■ Into The Red
■ Barefoot In The Park
■ Can't Believe The Way We Flow
■ Are You In Love?
■ Where's The Catch?
■ I'll Come Too
■ Power On
■ Don't Miss It
■ Lullaby For My Insomniac
そういえばこの人が出てきた時にはダブステップが何だとか言われていたのだと過去の自分のレビューを読んで思い出したが、改めて調べてみてもダブステップが何なのか結局よく分からなかった。構わない。ダブステップが何であれ、ここにあるのは人間の肉声を中心的なモチーフにした音楽、つまりは「歌」に他ならないのだから。もちろん、サウンドの意匠に今日性は感じさせるものの、これがあくまで「歌」であることは間違いない。

そしてこれを一人のシンガー・ソングライターの作品として聴く時に顕著なのは、今日的な音楽の多くが「何ものでもない」ことを志向して結局最もプリミティブな何かに近似して行くアプローチを取るのに対し、ジェイムズ・ブレイクのはむしろ「何ものかであろう」とすることから始まってすべてが彼のボーカルに収束して行くことである。エレクトロニック、ダンス音楽の文脈からスタートした音楽が「歌」にたどり着くのは興味深い。

音楽というものが本質的に人間臭いのは自明だとしても、本来機能性が最重視されるはずのダンス音楽の領域で、それでもある種のロマンチシズムが必要とされるのは、つまるところダンスもまた人間の肉体というそれ自体ロマンチックな器に依拠しているからなのか。決してシャウトする訳でも、歌い上げる訳でもなく、細く震える声で歌われる「歌」が2010年代終盤のデジタル・ミュージック。アコースティック・セットで聴いてみたい。




WHY HASN'T EVERYTHING ALREADY DISAPPEARED?
Deerhunter
★★★★

4AD (2019)
4AD0089CD

■ Death In Midsummer
■ No One's Sleeping
■ Greenpoint Gothic
■ Element
■ What Happens To People?
■ Détournement
■ Futurism
■ Tarnung
■ Plains
■ Nocturne
ポップなのは間違いないんだけど、そのポップさにどこかイっちゃってる感があって、そこがすごく気持ちのいいアルバム。レトロ・フューチャー感というか、20世紀から見た21世紀のパースペクティブで実際の21世紀を表現した感というか、現実と微妙に違う現実を重ねてみたら、時折映像や音声がズレてそこからそのギャップが明らかになるような感じで、ある種P.K.ディックの『高い城の男』みたいな偽史的世界観を感じさせる作品だ。

もちろん偽史は、そのギャップを通じて、今ここにある本物の現実の実相を浮き彫りにするとかそういうための表現上の方法論であり、ますます訳が分からなくなってきている世界からむしろ積極的に逃避するための手立てである。極めて意識的に、意図的に構築した真顔の桃源郷に自ら立てこもろうという意志を明確に表明しているのがこの作品であり、それ故、ポップであればあるほど現実への真顔の批評になるという構造になっている。

そう考えれば、このアルバムがポップでありながら、王道のロック的方法論に依拠せずオルタナティブな手法で作られているのは当然なのであり、正しく「オルタナティブ」、代替的選択肢なのだということ。我々が主体的に選び取らねばならないのは、不可避的にそこにある(つまり選ぶ必要のない)本物の現実ではなく、そこから微妙にズレた代替的選択肢の方こそなのだ。実際には選ばれなかった世界線で鳴らされるべきポップの極み。




ENCORE
The Specials


Island (2019)
7721090

■ Black Skin Blue Eyed Boys
■ B.L.M.
■ Vote For Me
■ The Lunatics
■ Breaking Point
■ Blam Blam Fever
■ 10 Commandments
■ Embarrassed By You
■ The Life And Times
(Of A Man Called Depression)
■ We Sell Hope
21世紀になって18年経つこの現代にザ・スペシャルズの新譜を聴くとは思わなかった。20世紀の最も重要なバンドの一つだが、オリジナル・アルバムとしては1980年の「More」以来ほとんど40年ぶり。ジェリー・ダマーズは参加しておらず、その点を危惧していたが、作品としてはその不在を感じさせないスペシャルズ節。スカを基軸としてファンク風味をまぶした、微妙にフェイクの入った音楽は、まさにスペシャルズとしか言いようがない。

再結成にもいろいろあるが、これは40年という歳月を「なかったこと」にするのではなく、その間に過ぎた時間をきちんと表現の内に取りこみながら、それでもスカという形式で、スペシャルズというパッケージで世に出すことに意味があると確信したバンドの勝利。オリジナルの2枚のアルバムを正統に継承しながら、それをこの2010年代という困難な時代に着地させた作品であり、新たな付加価値を生み出しという意味で「いい再結成」だ。

スペシャルズの大きな特徴のひとつに独特のユーモアの感覚があり、シリアスな曲を奏でながらも、どこかに楽天的で性善説的なチャームがある。それは白人と黒人の混成でスカを演奏するというバンドの政治性に起因したものだし、それ自体がひとつの政治的なメッセージでもある。そのユーモアの感覚とか何らかの「隙間感」みたいなものは間違いなく今作にも生きていて、それはおそらくこの21世紀に切実に必要とされているものなのだ。




Copyright Reserved
2019 Silverboy & Co.
e-Mail address : silverboy@silverboy.com