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LIVE AT THE HOLLYWOOD BOWL
The Beatles
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Apple (2016)
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■ Twist And Shout
■ She's A Woman
■ Dizzy Miss Lizzy
■ Ticket To Ride
■ Can't Buy Me Love
■ Things We Said Today
■ Roll Over Beethoven
■ Boys
■ A Hard Day's Night
■ Help!
■ All My Loving
■ She Loves You
■ Long Tall Sally
■ You Can't Do That
■ I Want To Hold Your Hand
■ Everybody's Trying To Be My Baby
■ Baby's In Black
1977年に発売されたビートルズ唯一のライブ・アルバムの初CD化。とはいえ、オリジナル・マスターから新たにミックスをやり直し、4曲のボーナス・トラックを追加した「新しいアルバム」だと考えていいだろう。リミックスにあたったのはジョージ・マーチンの子息であるジャイルズ・マーチン。オリジナル・マスターと言ってもわずか3トラックのテープから、1つのトラックに録音された音を分離してリミックス、リマスターしたものだ。

その丁寧な仕事のおかげで、音像は極めてクリア。もともとライブ・アルバムというものに思い入れがないこともあって、「どうせ嬌声に埋もれたほとんど聞こえないよれよれの演奏なんだろう」と買うのやめようかとも思ったが、結局買ってみてよかった。もちろん嬌声はこれでもかというくらい入っているが、歌と演奏が決してそれに埋没することなくきちんと聞こえてくる。そして何より彼らの歌と演奏が異様に達者であることが分かる。

おそらくはモニタ・スピーカもなく自分自身の声もほぼ聞こえなかったと思うが、それでもリンゴのドラムのシュアなキープ、息の合った演奏、音程をかっちり守りながら迫力のあるシャウトなど、彼らがライブ・バンドとして並みの力量でなかったことを初めて認識した。相応にオリジナルもあるはずのこの時期にしてカバーが6曲もあるのも興味深い。ライブ・サーキットから成り上がったこのバンドの出自をリアルに体感できる臨場感だ。




HERE
Teenage Fanclub
★★★

Hostess (2016)
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■ I'm In Love
■ Thin Air
■ Hold On
■ The Darkest Part Of The Night
■ I Have Nothing More To Say
■ I Was Beautiful When I Was Alive
■ The First Sight
■ Live In The Moment
■ Steady Stare
■ It's A Sign
■ With You
■ Connected To Life
この人たちの作品を初めて聴いたのは、ロック史に残ると言われている名作『Bandwagonesque』だったからあれから25年、長いつきあいのバンドのひとつになった。前作から6年、今やオリンピックよりも長いインターバルで新譜を出してくる大御所と呼んでも差し支えないキャリアだが、そこで奏でられる音楽は「老成」や「渋さ」とは無縁の、さっき畑で採れたばかりの野菜みたいにフレッシュなビタミンと水分を豊富に含んでいるものだ。

おそらくこのバンドにとっては、『Bandwagonesque』をどう超克するかということが宿命的なテーマになっていると思うし、聴く側としてもあのアルバムのイメージからいかに自分を解放して彼らの現在に向かい合うかということを、レビューの度に考えてきた。結局のところ、彼らの音楽の本質はスコットランドの風土を背景にしたオーガニックで素朴な、スモール・サークル・オブ・フレンズの自己完結的なものに過ぎないのかとも思った。

確かにここに何らかの革新性とか実験的な契機とかを探すのは難しい。しかし、この音楽は丁寧に作られているが故に、身内の予定調和に自閉することなく外気に開かれている。植物が二酸化炭素を取り入れて酸素を吐き出すように、ここでは外部世界との物質交換が注意深く行われ、それ故そこに動的な契機が生まれていて、それがこの、一聴すれば長閑な音楽にピンと張りつめた矜持のようなものを与えているのだと思う。奥行きある音楽。




SCHMILCO
Wilco
★★★☆

dBpm (2016)
7259-2

■ Normal American Kids
■ If I Ever Was A Child
■ Cry All Day
■ Common Sense
■ Nope
■ Someone To Lose
■ Happiness
■ Quarters
■ Locator
■ Shrug And Destroy
■ We Aren't The World (Safety Girl)
■ Just Say Goodbye
前作から1年のインターバルでリリースされた11枚めのオリジナル・アルバム。前作とほぼ同時期に制作され、エレクトリックでラウドだった前作に対し、どちらかと言えばアコースティックな曲を集めたアルバムということらしい。確かにボソボソ歌う冒頭の『Normal American Kids』から最後の『Just Say Goodbye』まで、アンチ・クライマックスというか架空の童謡みたいな、ストレートなアコースティック・ソングが淡々と奏でられる。

だが、それは決してこのアルバムが平板で退屈であるということを意味しない。僕がこのバンドのアルバムを初めて聴いたのは2002年の「Yankee Hotel Foxtrot」だったが、その時に耳に残った「ヘンな感じ」が、それ以来のアルバムの中でも最も純粋に煮詰められ、抽出されたようなヘンな感じ。ヘンであることを売物にするバンドは少なくないが、彼らの場合は売物にするというより、普通に描いたはずのパースが最初から狂ってる感じか。

音楽にはだいたい、世界との和解を求める音楽と、それを拒否する音楽の2種類があるが、彼らの音楽は何かそのどちらでもないというか、世界との和解の成否に興味のない音楽。それは世界からのデタッチメントではなく、彼らの音楽の動因が世界との和解の成否とは別のところにあるということ。だから彼らの音楽には「ここで盛り上がる」的な調和は不要だということなのだろう。寡黙でありながら同時に雄弁な音楽の祝福がここにある。




SKELETON TREE
Nick Cave & The Bad Seeds
★★☆

Bad Seed (2016)
BS009CD

■ Jesus Alone
■ Rings Of Saturn
■ Girl In Amber
■ Magneto
■ Anthrocene
■ I Need You
■ Distant Sky
■ Skeleton Tree
2014年から足かけ3年に渡って制作された3年ぶりの新作。この間、2015年にニック・ケイヴは愛息を事故で亡くしており、その影響はアルバム全体に色濃い。曲調はおしなべてスローで、ひとことで言えばどの曲も暗い。ニック・ケイヴは心情を吐露するように、絞り出すように歌い、それはときにはむしろ語りに近い。鎮魂歌なのか、あるいは彼自身の苦しさのやむにやまれぬ表出なのか、そこに切羽詰まった感情があることだけが分かる。

しかし、およそ音楽を聴くとき、我々はそのような背景事情を知らなければならないのだろうか。我々はニック・ケイヴの家庭事情をつぶさに知り、それを踏まえた上でなければこの作品を本当に理解することはできないのだろうか。僕はそうは思わない。対価を取って音源を販売する商業音楽である以上、それが彼のどんな事情から生まれたものであっても、作品それ自体としてカネを払って買うに値するものでなければならないのは当然だ。

実際、事情を知らずにこのアルバムを聴いた時の感想は「暗い」。しかもそこに、僕がニック・ケイヴに期待する逸脱感とか尖鋭さは窺えず、悲しげで穏やかなアルバムだという以上のものではなかった。おそらくニック・ケイヴ自身にとってはどうしても制作しない訳に行かなかったアルバムだと思うし、それだけ重要な作品なのだろうとも思うが、少なくとも僕にとっては何度も聴くことはない作品になりそうだ。評価の難しいアルバム。




HEAD CARRIER
Pixies
★★★★☆

Pixies Music (2016)


■ Head Carrier
■ Classic Masher
■ Baal's Back
■ Might As Well Be Gone
■ Oona
■ Talent
■ Tenement Song
■ Bel Esprit
■ All I Think About Now
■ Um Chagga Lagga
■ Plaster Of Paris
■ All The Saints
23年ぶりの新譜となった前作から2年のインターバルでリリースされた新譜。前作ではまだサポート・メンバーだったベーシストのパズ・レンチャンティンがキム・ディールの後釜に正式加入、『All I Think About Now』で可憐なソロ・ボーカルを聴かせる他、アルバム全体を通してツボを押さえたコーラスで存在感を発揮。やはりこのバンドにはブラック・フランシスのむさ苦しさを中和する女性の声が必要なのだということがよく分かる。

ピクシーズに対してはインディペンデントの最高峰みたいなイメージを持っていて、ソニック・ユースみたいに何か一筋縄では行かないひねくれ感を勝手に期待してしまうのだが、このアルバムはとにかくこれでもかというくらいやかましいギターがぐわんぐわんと正面から鳴ってくる力技。前作もそうだったが、メンド臭い小ネタはいいから本当に言いたいことだけ大きな声で言うぞという強い意志が伝わってくるようでもう泣くしかない。

グローバリズムによって人々がいくつものクラスタに分断された2010年代にあって、本当に届けたい場所に届けたいものを届けるには、これくらいの初速で打ち出さないと、複雑な流通経路やらポリティカル・コレクトネスやらコンプライアンスやらガバナンスやらを突破できないってことだ。不細工なデブが全力で体重をかけてくるので否応なく心臓を直撃する、この力加減のおかしさこそがロックだということに異論は認めないつもりだ。




22, A MILLION
Bon Iver
★★★★★

Jagjaguwer (2016)
JAG300

■ 22 Over Soon
■ 10 Death Breast
■ 715 Creeks
■ 33 "God"
■ 29 #Strafford Apts
■ 666 Cross
■ 21 Moon Water
■ 8 Circle
■ 45
■ 1000000 Million
「美しき冬」、ボン・イヴェールことジャスティン・ヴァーノンの新譜。ガシガシにエフェクトを施され、変形されまくった肉声が、さらに人為的なノイズの向こうから、まるでつながりの悪い無線のように切れぎれに聞こえてくる。自らの生身をさらすのをことさら忌避するように、自分という記名性を分厚いエフェクトの向こうに隠蔽するように、ヴァーノンは音楽から生命反応を消し去り、空気の震えを電気信号に変換しようとしている。

だが、そこにあるのは「オレを見てくれ」という切実なメッセージだ。「オレを見るな」と等価な、その反作用としての自意識だ。「顔は友人たちのために」と書かれたアルバムのアートワークは意味不明の記号で埋め尽くされ、ヴァーノンの姿はどこにもない。しかし、その不在によって、彼の表現の欲求、聴かせたい世界の実相はより露わになる。彼が隠そうとしたものは当然彼が最も見て欲しいもの、聞いて欲しいものに他ならないのだ。

自らを後ろ手に縛り、ボールギャグを噛んでよだれをだらだら流しながら、「オレを見てくれ」「オレだけを見てくれ」と要求する注文の多い料理店のような音楽。彼にはおそらくこのようにしか世界と向かい合うすべはなく、それはケヴィン・シールズがすべての音楽をホワイト・ノイズに還元することでしかロックを表現できなかったのと同じ。一音に込められたテンションの密度では前作と通底しながら、彼岸に跳んで見せた最重要作だ。



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