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WILD PENDULUM
Trashcan Sinatras
★★☆

Victor (2016)
VICP-65370

■ Let Me Inside (Or Let Me Out)
■ Best Days On Earth
■ Ain't That Something
■ Autumn
■ I Want To Capture Your Heart
■ All Night
■ The Neighbours' Place
■ The Family Way
■ I'M Not The Fella
■ What's Inside The Box?
■ Waves (Sweep Away My Melancholy)
■ I See The Moon
これは買うのを悩んだ1枚。もともと80年代、90年代に自分が好んで聴いていたアーティストで、その後メイン・ストリームでは名前を聞かなくなり、インディペンデントからひっそりアルバムが出たりする「昔の名前で出ています」パターンの作品については、ついついノスタルジー的に買ってしまって後悔することが多いので警戒しているのだが、これも類型的にはその典型的な例。店頭での試聴でそこそこよかったので思いきって買った。

試聴して感じたのは、冒頭の『Let Me Inside』がペイル・ファウンテンズのような性急さ。そのダイナミズムに懸けて買ってみたのだが、通して聴いてみての感想は「微妙」という他ない。このバンドはもともとネオアコの後継者みたいに言われていたが、その実、アズカメやペイル・ファウンテンズにあったエッジはなく、それっぽい雰囲気の緩い商業ポップスとの境目は曖昧で、アーティスティックな記名性は極めて希薄なバンドだった。

本作がかろうじて聴くに堪えるものになっているとすれば、そうした予定調和的な「雰囲気モノ」から一歩を踏み出す「破調」の面白みが感じられるからだが、曲によってはそのモメントがほとんど聴かれず、聴き終わった後にまるで何も残らない雰囲気モノに終始している。結局最後まで、そうした抗い難い誘因を持つ「雰囲気」と表現衝動とのバトルに耳を傾けることになる訳で、そこまでして聴くこともない感じ。次はもう買わないかも。




ASH & ICE
The Kills
★★★★

Domino (2016)
WIGCD289

■ Doing It To Death
■ Heart Of A Dog
■ Hard Habit To Break
■ Bitter Fruit
■ Days Of Why And How
■ Let It Drop
■ Hum For Your Buzz
■ Siberian Nights
■ That Love
■ Impossible Tracks
■ Black Tar
■ Echo Home
■ Whirling Eye
現代においてロックという術語は純粋に何らかの音楽フォーマットを指し示すものではあり得ず、そこに思想というかある種の態度(アティチュード)みたいなものが入りこむのはむしろ必然的なのだが、オレ的にはキルズはロックの最前線のひとつである。ロックという概念に中心と周縁があるとすれば、フォーマット的には明らかに周縁でありながら、切迫した表現衝動を少ない手数で直接対象物に宛ててたたきつける方法論は唯一無二。

基本的にはビートへの信頼の上に構築された音楽だが、典型から逸脱することで表現の自由度を確保しようとする点では正しくオルタナティヴ。ロックの外縁を力ずくで押し広げて行くようなゴリゴリ感と、その割りにナイーヴなメロディ、母でも少女でもないアリソン・モシャートのボーカルなどの記名性が高い音楽は、今、世界が追いこまれているのっぴきならないどん詰まりの生きにくさに対するひとつのカウンターになり得るものだ。

というか、ロックについて振りかぶるといつもそこにたどり着くように、これはまず単純にカッチョええ。当然そこにあるべきと誰もが思っているものを一度すべて取り払い、そこから自分の必要なものをゼロ・ベースで積み上げたらこうなったというミニマルの集積感がこの上なく風通しよくカッチョええのだ。それが既存の何にも似ていないことはおそらくもうどうでもいい。世間ではガレージと評されているがこれはブルースだと思う。




THE COLOUR IN ANYTHING
James Blake
★★★☆

Polydor (2016)
00602547932983

■ Radio Silence
■ Points
■ Love Me In Whatever Way
■ Timeless
■ F.O.R.E.V.E.R
■ Put That Away And Tallk To Me
■ I Hope My Life (1-800 Mix)
■ Waves Know Shores
■ My Willing Heart
■ Choose Me
■ I Need A Forest Fire
■ Noise Above Our Heads
■ The Colour In Anything
■ Two Men Down
■ Modern Soul
■ Always
■ Meet You In The Maze
リフがあってメロディがあってサビがあってギターが鳴っていてというポップ・ソングのフォーマットありきで音楽を聴いている僕のようなリスナーからすれば、本来は守備範囲外というか非典型の音楽。しかし今回もまたアルバムを買ってしまったのは、この「ポップ・ソングのコマ切れ」みたいなエレクトロニックな表現の中に、分かりやすいポップ・ソング以上に直接頭の中に響いてくる習慣性とか依存性みたいなものが潜んでいるから。

「ロッキング・オン」で10年代にあるべきシンガー・ソングライターはこういうものだという指摘があってなるほどと思ったが、今作は個的でミニマルでありながら、世界とのコミットメントを求めた自由さ、アグレッシヴさが印象に残る。エレクトロニックの鎧こそみにまとっているものの、その隙間からぽろぽろとこぼれおちて来るのは間違いなくひとつの意志であり、本作ではむしろそれを聴いてくれとでもいうように表現はオープンだ。

そして、これは前作のレビューでも書いたが、ここには讃美歌とかゴスペルとかに通じる宗教性がある。深いリバーブのかかった音像が彼岸から響いてくるような荘厳さを醸し出していることももちろんあるが、切り貼りされた音の欠片やループするベースパターンなどの陶酔感と人の声の組み合わせには、僕たちの知覚の扉を開くような喚起力があるということだろう。現代のゴスペルは個的でエレクトロニックな神に祈る。聴くべき音楽だ。




A MOON SHAPED POOL
Radiohead
★★★☆

XL (2016)
XLCD790

■ Burn The Witch
■ Daydreaming
■ Decks Dark
■ Desert Island Disk
■ Ful Stop
■ Glass Eyes
■ Identikit
■ The Numbers
■ Present Tense
■ Tinker Tailor Soldier Sailor Rich Man Poor Man Begger Man Thief
■ True Love Waits
正直言って僕はレディオヘッドの熱心なリスナーではない。旧譜は一通り持っているし、ここ10年ほどは新しい作品が出る度に買って聴いているし、聴けば現代のロック表現のひとつの突端であることがきちんと確認できる。僕にとってレディオヘッド、トム・ヨークは、どちらかといえばそうした「ロック的教養」というか「ロック的たしなみ」として聴くべき音楽に位置づけられている。逆に言えばおそらくなくても困らないということだ。

それはおそらく彼らの音楽があまりに超然としてそこにあって、別に聴かれなくてもそこにあることで自己完結しているというか、あんたはあんたオレはオレという特にコミットを求めてこない感じがするからなんだと思うんだけど、今作はその辺ちょっと違ってて、結構初手からガツガツ入りこんでくるというか、こっちに働きかけてくる感じがしておやっと思った。この前のめりなノリ、一種の攻撃性はいったいどこから来ているのだろう。

何か、すべての物事から等距離に隔てられた「焦点」のようなところにいて、世界とは無関係に、一方的に自分の物語だけをぼそぼそ歌うバンドなのかと思っていたのだが、それはもしかして僕の思い違いだったのか。もともとこうしたアクティヴでアグレッシヴな契機は彼らのうちにあったのか。ロックの典型的なフォーマットに依拠しないのは変わらないが、コミュニケーションに対する渇望みたいなものがちょっと見えた気がする作品だ。




STRANGER TO STRANGER
Paul Simon
★★★

Concord (2016)
0888072397804

■ The Werewolf
■ Wristband
■ The Clock
■ Street Angel
■ Stranger To Stranger
■ In A Parade
■ Proof Of Love
■ In The Garden Of Edie
■ The Riverbank
■ Cool Papa Bell
■ Insomniac's Lullaby
ポール・サイモンはもともとリズムに対して自覚的なアーティストだ。例えばサイモン&ガーファンクル時代の作品『Cecilia』で既にポップ・ミュージックとしては非典型なアフロ・ビートの導入を試みているし、南アフリカのミュージシャンとともに制作した1986年のアルバム「Graceland」はグラミー賞を受賞した。そして75歳のポール・サイモンが21世紀に制作したこのアルバムもまた、エスニックでカラフルなリズムの集成になった。

しかし、その多彩なリズムのバリエーションの使い方はあくまで保守的であり、中心にあるのはプロフェッショナルとしかいいようのない熟練した曲の数々。どのようなバック・トラックに乗せようと、ひとつひとつの曲はそれ自体としてどれもはっきりした輪郭とキャラクターを具えており、まるでオー・ヘンリーとかレイ・ブラッドベリ、スティーヴン・キングなどの短編小説を読むようだ。どの曲もおそらくギター一本で成り立つはず。

結局この人にとってリズムの面白さは曲を引き立たせるための技術のひとつに過ぎず、その意味で音楽植民地主義と揶揄されるのももっともだ。でもまあ、そういうのは、人が功成り名を遂げると急に慈善事業に熱心になったりするのと同じで悪気はまったくないのだと思う。重要なのはこうした試みの結果、ポップ・ミュージックが活性化され作品がより生き生きとリスナーに届くことだろう。アメリカの凄みを見る思い。これでいいのだ。



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